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世の中は変わらなくても自分は変わる

   

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am3こんにちは、AI-amの吉田 晃子です。

独自であるということは、恥ずべきこととして扱われる日本の風習。でも社会は変わらなくても能動的に生きて、自分は変わっていきます! の話。
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自閉症児体罰事件の記事

2016年3月26日に、 神山 忠さん がフェイスブックに上げられていた記事を、 浅井 智子さんがシェア されていました。

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わたしは滅多とコメントは書かない質(たち)なんですが、このときは、なんだかしらないけれど、以下の文をコメント欄に書き綴っていました。

こういった出来事のニュースを読むたびに思い出すことがあるの。
そんでもって、いまから書こうとしているようなことも今後、発信していこうかなっておもったよ。(そのときの子どもの気持ちとかもね)

わたしは口唇口蓋裂の障害があるから、あ、子どものころは今よりもっともっと発音の障害は強くて、疾患としても進行形だったのね。たとえば、上あごがぱっくりと割れててそこを縫ってるわけだけど、そこそこの年齢になるまでは硬い物は禁止だった。でも学校の給食で食べさせられて、縫ってたところが炸裂して吐血したり(入院、手術)、息が漏れるから笛とかハーモニカとかふけないのね。でも先生は「なんでできないんだ!!」「まじめにやれ!!」となる。クラス全員の前でね。ふけるまで立っとけとかね。

ニュースになる時代になってよかったな。
だけどさ、何年かかってる? 人は一瞬にして変われるのにね。
教育とはなにか。
しみじみそうおもう。
時間は愛だよ。決して経済ではないよな。

 

バリアフリー

7月3日の横浜での対談ででもチラっとおはなししたのですが、今から20数年前に、国だったか、府だったか、市からだったか(大阪府東大阪市在住)は覚えていませんが、身体障害者の人あてに、アンケートが送られてきたことがありました。困っていることや、改善してほしいことはなにですか、と。

当時はまだ街中で車いすをみかけるのは稀な時代でした。その理由の最もたるものは、公共交通機関を利用した移動が円滑ではなかったからなんでしょう。表面上は

わたしの両親は車いす使用者だったので(今も)、いかに移動が不便だったかは多少なりとも経験して知っています。

駅にエレベーターが設置されるようになり、道路はバリアフリーになりました。車いす使用者だけではなく、ベビーカーを押す人も、高齢者や視覚に障害がある人も、円滑な移動が可能になったこととおもいます。(※歩道の縁石、その他諸問題についてはここでは触れません)

 

アンケートに横たわる したたかな権威

身体障害者の人あてに送られてきたアンケートは、わたしに「わたし」を見せてくれました。

アンケートの最後に、四角のラインで囲まれた自由記入欄が設けられていたんですね。その枠に、ラインを超えて、日ごろおもっていることを長々と書き綴ったのでした。

そう、浅野智子さんのコメント欄に、お返事の書きようのない文を、なんだかしらないけれど長々と書き綴ったように。

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「出来損ない」なる正論

当時はまだ封建主義色が残る、男尊女卑(人間とは認めるが、その能力を否定する差別)の社会でした。能力を否定されているゆえ、自身の事柄の選択権も支配されています。障害がある者の差別は、さらにひどいです。

今でこそ、障害のある人に卑劣なことでも言おうものなら、発言者に対して白い眼がむけられる時代になりましたが、わたしが子どものころは、“かたわ” 呼ばわりされるわたしのほうが、白い眼でみられました。

子どもというだけで受ける差別に加え、“かたわ” は、人間であることを否定されるがごとくの視線、言動を、露骨に浴びます。彼らに言わすとわたしは「出来損ない」だったのです。

 

うば捨て山が当たり前だった時代、ニュースになる時代

出来損ないである “かたわ” は家系の恥なのです。

外を出歩くということは、けしからんこと。恥の上塗り、恥さらしです。

障害のある者は、陽のあたらぬ家にこもらせておく…、こもらせておくべき…、こもらせておくしかない…、こもっておく…、んな風潮。

 

そうだろうか?

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アンケートの自由欄に書いた内容

障害のあるもの自身がその呪縛から解き放たないと、街がどれほどのバリアフリーになったって、自分自身が自分のなかにあるバリアをフリーにしないかぎり、車いすに限らず、徒歩であろうが、なんであろうが、外にいくことはしんどい。

 

「困っていることや、改善してほしいことはなにですか」と書かれたアンケートの自由欄に書いた内容は、

「障害者は問題のある人」と受け身扱いされていることに、障害者自身が気づくこと。

社会参加や共生ということより、かわいそうな人として扱われて、「社会的弱者」「助けが必要な人」「保護すべき人」など特別な存在に置かれていることに気づくこと。

被害者意識をもたざるをえなかった背景はあるだろうけど、その世界で自分を造られるな。そこから逃げよう。

いつまでも親のせいにしやんとこ。社会のせいにしやんとこ。自分のせいにもしやんとこ。

能動的に生きようよ。楽しいことして生きようよ。

たったいま できることをしていこう。

*****

この文をまるごと記載して、アンケートを送った全所帯に送ってほしいです。

と、(こういうかんじのことを)書きました。送られてはきませんでした。

 

たったいま できること

アンケートを投函したあと その足で、実家(すぐ近く)に行き、ダークな、いかにも福祉色した母の車いすに、母の好きな色や模様を付け足して、たのしくなるものに変えたのを覚えています。

いいんでねぇ~それを見ていて おもしろがった父は、それ以降、自分の車いすを改造するのが趣味?になり、おもうように動かない手足もなんのその、なんともごきげんな車いすをつくりあげちゃいました。

実兄は「家の恥。そんなん乗って外に行くな、かっこわるい」と言いましたが。

 

障害者と健常者の境目はない

アンケートから20数年が経ったいま、街でも、車内でも、車いすは日常的にみかけるようになりました。

娘もよく車いすに乗ってました(わたしが押したり、わたしが乗って押してもらったり。しんどいときは楽なのです)。

アメリカなんかだと、肥満の方とかが電動車いすを使用されているのをよくみかけます。

 

老眼のわたしは老眼鏡がないと、ものは読めません。でも老眼は障害者扱いはされません。ただ、老眼なだけです。

伊達めがねのように、そのうち車いすも流行る時代がくるかもですね。そうなれば障害者と健常者の境目はなくなります。

不登校もおなじことです。

 

偏見と差別

ここまでのところの「障害者」や「かたわ」を、「不登校」に置き換えて読んでください。偏見と差別に気づいてほしいです。

 
ある方が言います。
「『小さな天才の育て方・育ち方 – 小・中・高に通わず大学へ行った話』の本は、タイトルに「不登校」が入ってないから、引け目(劣等感)感じないで買えたわ。「不登校」の本だと書店では買えないものね」

 
浅井智子さんは、神山忠さんの記事といっしょにシェアした、2枚の画像をコメント欄に貼られています。

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わたしはこの画像をみたとき、自分の運命を真剣に賭ける彼(新聞に載っている子)の決意に、自由をみさせていただいたのでした。あの日の自分(吐血や立たされたときのわたし)のプライドが、いのちの共感をよろこびました。
 


 

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