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1. 生まれてきた子は先天性心臓疾患 〜いのちを生きる〜/手記 —子どもから教えられたこと—

   

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am3こんにちは、AI-amの吉田 晃子です。

息子(上の子)と娘(下の子、星山海琳)は公の学校には行かないで暮らしてきました。学校に行かない? じゃあ勉強はどうするの? 将来に不安はないの? 子どもたちから教えられた学びは貴重なもので、教育とはなにかを根底から問わしてくれました。その手記(2005年記)です。

 

 

生まれてきた子は先天性心臓疾患 〜自分を責めつづける日々〜

よろこびもつかの間。
生後まもなくして心停止をおこした息子は大学病院に搬送された。

 

先天性心臓疾患だった。

無菌室のなか、口には人工呼吸器。腕、胸、腹、足には、赤や黒、黄のコードがはりめぐらされている。何本もの点滴チューブ。おしっこの管。治療機器群、診断機器群、分析機器群がおとなサイズのベッドを埋め尽くす。その真ん中に置かれている、ちいさなちいさな裸体。医療機器にのみこまれた憐れなサイボーグのようだった。

 

抱くことができない。乳をふくますことができない。手をにぎることもできない。名前をよんでも届かない。

わたしは自分を責めた。元気に産んでやれなかったと、来る日も来る日も自分を責めつづけた。

 

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ミルクは大さじスプーン一杯だけ

心臓に負担がかかるため、一回あたりの水分量は八十ミリリットルに制限されている。内服薬をのますための水を優先するので、ミルクの量はスプーン一杯しかない。

もっと、もっと、もーーーっとたくさん欲しいだろう… 飲み終わるや泣く。けれども十分も泣けば心不全…。

 

辛い日々をおくっていた節、二回目の心停止がおきた。

わたしとおもちゃと絵本をどけたベッドを医師たちが取り囲む。またサイボーグだ。(入院していた大学病院は四歳までの小児には二十四時間親が付き添う型をとっていて、いっしょに寝るのはもとより、昼間もベッドにあがりこんで過ごすことができた)

 

 

生まれてきた息子は先天性心臓疾患 〜自責の念は、「祈り」にかわる〜

放りだされたわたしにできることは…。二回目の心停止を経験してようやく、自責の念は、「祈り」にかわった。

やっと気づいた。責めるという行為はその事実を受け入れられないからだということに。わたしは自分を責めることで、自分から逃げ、現実から救われたかっただけだった。

 

幼いいのちがおびただしい星になっていくのを見送る闘病生活は、今日は我が子かと、祈りの日々となった。

 

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三回目の心肺停止で勝負にでた手術

「明朝までもつかどうか…今夜がやまばです」。この台詞を何度か聞かされつつも、生後八ヶ月をむかえることができたある日、三回目の心肺停止がおきた。

 

これまで医師は、息子が施術に耐えうる体重、五キロになるのを待っていたが、もうこれ以上は待てないと勝負にでることにでた。

 

 

Aちゃんと体温と裏返った夜

手術日が一週間後に決定した同じ日、同室のAちゃんが朝から手術をうけていた。

Aちゃんとは同じ疾患で、誕生日も数日違うだけ。二人部屋の病室でずっといっしょだったので、AちゃんとAちゃんのお母さんとは寝食をともにする、家族のような仲だった。

 

夕方おそく、Aちゃんの手術が終わる。

Aちゃんは、星になった。

 

パートナー(夫)に息子の付き添いをお願いして、夜深く仮通夜に行く。産まれてくる我が子のために買い揃えていたベビー布団でAちゃんは眠っていた。いつもとなんら変わらない寝顔ですやすやと。

Aちゃんのお母さんは抱きおこしたAちゃんを「抱いてやって」とわたしにさしだした。無意識にというか、反射的にというか、わたしの手はAちゃんを受けとる。なんのためらいもなく。

 

そのときだった。

冷気を帯びた稲妻が全身を走った。

 

Aちゃんがまるで石像のようになっていたからだ。

わたしの腕が知っている昨日までの重さではなかった。両腕で抱いてもずしりと重い。腕がダラーンとならない。頬がプニュプニュしない。体感したことのない時までが凍りついたような冷たさは、死を教えた

 

病院に戻ると、パートナーの腕のなかで、息子は泣いていた。パートナーは息子をわたしに渡す。Aちゃんのときと同じだ。わたしの手は息子を受けとった。

 

この瞬間、春雷に打たれたような衝撃がふたたび走った。

 

息子は、あたたかかった。涙をながしていた。生きているから、泣けていた
肌で感じたこのふたつの温度は、消えうせることなく、今もわたしの魂に棲んでいる。

 

 

一生分の恐怖を味わった一週間

このぬくもりを奪わないでほしい。息の緒よ途切れないでほしい。あと六日、あと五日、あと…。みまかるかもしれない手術日が迫ってくる。

朝を迎えるごとに襲う恐怖心は、息子をなくしてしまうというわたしの妄想にジリジリと鋭刃を突き刺さしてきた。

 

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足し算と引き算

手術まであと三日となった日、息子ははじめて寝返りをした。「アレ? なんだ、いまのは」。息子がきょとん、とした表情を浮かべたのもつかの間、また寝返ろうとする。たったいま起こったことを確かめようとしているのか。顔を赤くしてふんばる。ひっくり返れば目が輝く。何度も何度もする。点滴のチューブや医療機のコードが身体についている不自由はおかまいなしだ。

 

一生懸命になって精一杯あらゆる力をふるわせて、世界をひろげようとしている。自分で足場をつくっている真摯な姿をみていて、彼のいのちをわたしのものとしていたこと、死ぬかもしれない手術日にむかって、一日、一日を、引き算していたことに気づいた。

 

息子は、死にむかって進んでいるのではなく、「今」をもらって、「今」を生きていた。毎日が新しさの連続であった。

生きるということにいのちをかけて、いのちが今を生きていた。いのちが彼を生きていた

 

 

「生」があたりまえなのではなく、「死」があたりまえ

自責の念から解放され、想いは「祈り」にかわっていたが、自我にすぎなかった祈りからも解放された。
三回もの心肺停止。しかしながらそれでもなおそれらを乗り越えて、目の前で生きている息子に、自分自身のエゴと、毎日が誕生日となる今日のいのちの尊さ、すばらしさ、ありがたさを教えられ、「いのちを生きる」ということをわたしにわからせるために、この子は生まれてきたんだ、とおもった。

 

「生」があたりまえなのではなく、「死」があたりまえ。

死を想い、我が子のいのちを覚悟できたとき、はじめて、ほんとにほんとにはじめて、骨の髄からそのあたりまえではない「生」に感謝の念を抱いた。

 

● ● ●

 

あれから十年以上の月日が流れた

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先天性心臓疾患は完治はしない。心不全症状はいまもつづき心雑音もきこえる。胸には消えることのない大きな手術創があり、そのうえを陥没呼吸がペコペコとへこむ。

外科的治療(根治手術や短絡術)のほかにカテーテル治療も四回行った。撮ったX線は数え切れない。CT検査も何回したことだろうか。受けた放射線のことを考えればため息もでるが、そんなときはおおいにため息をつく。深く吸った息をお腹から吐けば負の気は体から抜けていく。

 

「おはよう」と言いながら、息子が起きてきた。一日を賜れ、「一」(いち)が 足し算されたのだ。

新しい日がはじまる。

「うん。おはよう!」

 

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