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「叱る」ことには上下関係がある

   

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ammHello! AI-amの星山 まりんです。

今回は、親と子のあいだに見える上下の関係について思ったりすることの話です。

 

「叱る」ことの不思議

街を歩くと、だれかの子どもにはていねいでやさしい言葉を使うひとが、自分の幼い子どもにはそうでない言葉で接している光景を目にしたりします。

感情や言葉のトーンが家族などの身内に対して雑になるというのはよくある話だし、自然なことだなと思います。
けれどそのなかでも特殊なのは「叱る」というやつ。

地位的な目上から目下へのものへ、叱る。上司とか、教師とか。
そういう立場のひとたちのように、親にとって子どもは、目下の存在なんだろうか?

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親は上で、子どもは下の存在?

友人に対して、あるいは恋人に対して、たぶん兄弟間においても、なにかを指摘することを「叱る」とは表現しません。
本来は、教師も子どもを「叱る」立場ではないと思うけれど、いまの学校のなかでは、そういうわけでもない。

街で見かける親子には、上下関係が見てとれることが、よくあります。
ものすごく顔つきが似ているというのでもないかぎり、ぱっと見で親子だとわかる時点で、そこには親と子の、明確な位置関係がある。

実際の関係性は、案外そのまま表にあらわれるものです。性格なんかとおなじで。

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子どもはときどき見くびられている

親子の上下関係にも、いろんなあらわれかたがあります。

たとえば子どもにやたらと世話を焼く親、電車などで子どもを放ったらかして携帯をながめてはときどき子どもの言動を鋭く怒る親(叱りつける親の声のほうが大きくてびっくりする)、やさしくても乱暴でも、どちらにせよ命令形で、子どもに接している。そしてだいたい、否定している。
命令形の言葉で接するひとが、相手を叱っているのは、それほど不思議でもありません。

そういうとき、親にとって子どもは、ある意味でペットのようなものなのかもしれない。
愛すべき自分の所有物であって、自分よりも、か弱いもの。「しつけ」が必要な存在。

それはたしかに無償の愛かもしれないけれど、ほんとうに、愛と呼べるものなんだろうか。

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大人と子ども、どちらもただのひとりの人間

子どもは、決して大人より劣る存在ではないと、わたしは思っています。
生きた年月は少ないし、よく転ぶし、高いところには手が届かないし、知らない言葉も多くて、よく泣く。
そういうことが、どうして大人よりも、親よりも下の存在だということになるだろう?

子どもは、「大人」と呼ばれるひとが失ってしまいがちなものを山ほどもっているし、大人がみえなくなったものや感じられなくなったものが、当然みたいにみえているし、感じられます。
大人がなんでも正しかったり、すべてを教えてあげられるなんていうのは、それはもう、ありえない。
もちろん、だからといって子どもよりも大人が劣っているとか、そういうことではなくて。

親と子の愛情には、もともと上も下もない

たしかに子どもはひとりでは生きられないし、大人の力が必要です。
母親のおなかのなかで血や栄養をわけられて、十分なおおきさに育つまでゆっくり羊水のなかで守られて、産まれてきてからもたいせつに育てられる。

親子というのはとびきり特別な関係で、きっと、だからこそそういう愛情をかけることができるものです。
ただひとりの人間に、どこかから湧いてくるそれだけのとてつもなく大きな愛情をかけることができる。

すなおな愛情を親から受けとりつづけられた子どもは、受けとっただけのその愛情を、親にかえすことができるんだと思っています。
それには上も下もなくて、この上なく幸福な循環があって、叱るとか叱られる関係よりももっとすてきで、楽しい。

 


 

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