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サドベリースクールにある教育のすがた

   

ammHello! AI-amの星山 まりんです。

今回は、サドベリースクールが理想的な学校だといわれること、と、その立ち位置についてです。

 

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サドベリースクールは理想郷?

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サドベリースクール(デモクラティックスクール)は、ときどき、理想的な学校だと言われたりします。わたしが実際に通っていたころも、たまにそういうことがありました。

でも、サドベリースクールは本来の教育のすがたであって、ひとが学ぶ場所のすがたです。生まれたままの、ひらけたままの状態。だから、「そうだったらいいよね」みたいな理想的なかたちというよりも、きっとあれが自然なかたちです。

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理想郷というとどうも、いまそのひとが立っているところよりも上に存在しているみたいに聞こえます。
この場合、一般的な学校は地上にあって、それよりも上の、宙に浮いたようなところにサドベリースクールはある、というふうに捉えられたりする。
「こんなところに通えていいね」と、言われたりする。

でもほんとは、いまの学校は地上とか、平素なところにあるものじゃないと思うんです。わたしは。

学校は、その土壌に馴染んでいるとは言えません。自然なところに、あまりに不自然なものを建てたから、いろんな問題がじわじわとあらわれて、さすがにどうにもならなくて、崩れそうになっている。長い年月をかけて、木にのみこまれていく建物のように。

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むしろ地上にあるのはサドベリースクールのほうで、すごく自然に、ただ「がっこう」という枠をもって、存在しているものだと思います。
いまにも崩れそうになっているところからそれを見るから、まるで理想郷みたいに見えてくる。

宙に浮いているとか、ましてや新しいとか、画期的な存在なんていうことでもありません。だからこそ、深く強く根を張ったひとたちがそこにいます。
もともと人のなかにあるものが、がっこうと、土壌と一体になって、息をして、育まれていく。自由に。

サドベリースクールはそういうところなんじゃないかなあと、よく思ったりしていました。今も、思っています。

 - きょういく学, サドベリースクール=デモクラティックスクール, 学び、教育