『小さな天才の育て方・育ち方 – 小・中・高に通わず大学へ行った話』が8刷になりました

『 小さな天才の育て方・育ち方 – 小・中・高に通わず大学へ行った話 (セルバ出版)が、8刷になりました。

この本は、まりんの大学入学をきっかけに作られたものでした。入学は2014年。それからたくさんの、信じられないほど多くの方々がその手で触れてくださって、十年後の2024年、8刷を迎えることとなりました。本当にありがとうございます。

大学入学をきっかけに、というのは事実ですが、きっかけにすぎないという気持ちは、当時からすこしも変わりません。契機はあちこち、さまざまに落っこちているものですが、そこに優劣があるはずはないのです。

この本でも、ブログやトークライブなどの場でも、わたしたちにとってつねに変わらないのは、不登校とか大学とか数値とかは数ある例題のひとつにすぎなくて、本質的なこととはなんにも関係がないということです。それらはわたしたちの日々に、関係があるようで、やはりなんにも関係がないということです。

もちろん、起こったことや起こらなかったこと、したことやしなかったこと、行った場所や行かなかった場所、言ったこと言わなかったこと、そのすべてがわたしたちの今日や明日をつくるという意味では、不登校や大学、それらにまつわる出来事の数々は、わたしたちを形成する要素のひとつです。似たような(同じものはふたつとありません)経験をされた方にとっても、多かれ少なかれ、出来事や境遇と現在の自分の結びつきに実感があるのかもしれません。学校に行けなかったことがずっとしこりになっていたり、学校に行かなかったことが誇りになっていたり、それぞれいろんな感覚があるのだと思います。

十年が経って、なんだかよくわからないけれどいまも生きていて、楽しみがあり面倒があり、好きなものがあり嫌いなものがあり、暮らしが続くなかで思うのは、すべての瞬間が自分を作っていると同時に、どんな出来事もそれほど自分を変えはしないということです。

転機と呼ばれるようなものはたしかにあるかもしれないけれど、それはそうなったというだけで、わたしは常に連続していて、境目はない。右折すれば左には行けなくて、右へ行ったわたしがいて、左折すれば右には行けなくて、左へ行ったわたしがいるという、ただそれだけのことで、別にどっちに行ったって、それなりだったのでしょう。その曲がり角が「本当の自分」を作り出すなんてことは(願いたくなるときもあるけれど)、たぶん、そうないのだろうと思います。

それでも、わたしたちはそのときどきの意思で、あるいは悩みながらもなにかを選ばなければならなかったり、選択の余地もなく進んだり、なんとなく気がついたら緩やかなカーブになっていたりして、いつも現在地点にいます。あらゆるものに影響され、作られ、たられば話などしつつ、開き直りつつ。

一条校に行かなかったことでいまのわたしがあるというのは、それ以外の日々を生きてみた経験がないから、当たり前のことです。でもそんな当たり前も、この本をきっかけにさまざまな形で出会ってくださった方や、ものごとによって、浮かび上がってきたものなのだと思います。

出版から8年が経って、これほど多く、長く、読んでいただけること、これほど嬉しく光栄なことはありません。

この場をお借りして、セルバ出版さん、ご購入くださったみなさん、読んでくださったみなさん、レビューやご感想を書いてくださったみなさん、講演会などさまざまな場で本を販売してくださったみなさん、書店さん、ほんとうにありがとうございます。

これからもどうぞよろしくお願いします!

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