『親と教師に語る』ホーマー・レイン—子どもに勉強好きになってもらいたいのなら—

am3こんにちは、

AI-am(アイアム)の
よっぴー です。

 

本来、勉強がきらいな子どもはいません。知るよろこびを取り上げられただけです。だれに?

ホーマー・レイン著『親と教師に語る―子どもの世界とその導き方』を紹介しています。

悪いこと?

何枚も何枚も 、、、 ティッシュを箱から取り出している。

トイレットペーパーも 、、、 クルクルクルクル 絹の波。

テレビやAV機器のスイッチを押したり回したり。

スプーンを床に落とす。拾ってあげて手渡す。また落としてみる。くりかえす 。。。

 

「悪いことをしたら怖い顔をして怒ってください、と言ったはずですが…」

「悪いことをしたら怒るんですよね。はい。きいています」

「じゃなぜ怒らないんですか」

「(あの子たちは)悪いことなどなにもしていないからです」

いたずら?

上の子の子育て最中のときのはなしです。

昨日とおなじように今日も、離乳食を食べさせていたら、今日は、自分でスプーンを持ちたがるようになりました。

そういう日って来ますよね。

 

育児のなかで、そういうのをみせられて、

こういうことっていうのは、人っていうのは、「ああ、こうやって昨日できなかったことが今日できるようになっていくんだ」って教えられました。

 

そのスプーンが床に落ちます。
わたしは取り立てて何をおもうでもなく、拾って息子に渡します。

息子も何と取り立てるわけでもなく、「ごはんを食べる」をつづけます。
昨日とおなじように今日も。

 

でもある日、
スプーンは「落ちた」から、「落とす」にかわります。
なんどもなんどもくりかえしました。

「ああ、こうやって人っていうのは、昨日までおもってもなかったことに今日、『?』がついて、その『?』を求めていくんだ」っておもったものでした。

なにを知ろうとしているのかも、わたしにはわかりませんでしたが。

息子よ、カメラ逆だぜ
息子よ、カメラ逆だぜ

 

下の子の子育て最中のときのはなしです。

その日、娘はスプーンを「落としました」。
やはり、なんどもなんどもです。

「ああ、これはどうやら人の通り道なんだな。わかろうとしてるんだ」っておもったものでした。

娘のお気に入りのスプーン
娘のお気に入りのスプーン

 

ときに後悔は先に立ってくれないか?

数年後、ホーマー・レイン著『親と教師に語る―子どもの世界とその導き方』という本を知り、読みました。

ごめんよー、子どもたち。ごめんよー、自分。

こころの底からそうおもった本でした。

『親と教師に語る』ホーマー・レイン著

最初赤ん坊は、つかみあげたものは何でも、口へ持ってゆく。それは彼が手を口にもっていったのと同じである。

しかしつかんだものを口に持っていくことがあまりわけなくできるので、たいして面白くなくなってしまうと、彼は新しいむずかしいものをさがす。

まったく偶然、彼は自分の力を振う新しい方法を発見する。それは今まで気がつかなかった感覚—「聴覚」を媒介とするものである。

彼は母親が与えたさじを持って遊んでいながら、それをとり落した時、さじが床に落ちて、チャリンと音をたてたのを聞いた。自然科学上の系統的な実験をする人のように、彼は実験をくり返してこのことをたしかめ、自分が誤っていないことを証明する。

床にぶっかるさじの音は、聴覚を通して、子どもに新しい力の感覚を与える。彼は喜ぶ。この実験をくり返すには、さじを子どもに返してくれる母親の助けが必要であった。

とうとう母親は、さじを拾ってやるのがめんどうになって、さじを椅子にむすびつけた。子どもはまたさじを落としたが、それは床までとどかずに中途でとまってしまい、彼の耳に例の満足を与えなかった。

音はしなかったのである。これはふしぎだ。さじの性質が変わったのだと結論して、子どもは探究の方向を変え、異常な根気強さで、さじとその特徴をしらべる。

じきに彼は大発見をする。握ったままでさじをおろすと、さじはテーブルに当たって、あの気持ちのよい音を出す。さじを手から離さなくてもよいので、彼はそれをまたあげて、実験をくり返す。

彼は熱心に上達しようとする。彼は強く打ちおろすことをまなび、いっそう満足を感じる。

彼の指関節は痛む。そこで彼は指を痛めないで音を出す方法を案出する。いっそうの進歩だ。生活はすばらしく面白くなり始めている。

この時である、独創性にたいするあの避けがたい邪魔が入るのは。彼の母親はたえまのない音をうるさがる。子どもの最大の喜びの源が彼女にはうるさい。そこで彼女はさじをとりあげ、かわりにゴムの玩具をやる。

(中略)

子どもは自分のやっていることをよく知っていて、彼の努力の方向を大人たちが勝手にそらそうとするのを、黙っているわけにはいかない。

彼があまり我を張ると、ついに彼は小言をくうか、あるいは機嫌取りの砂糖水を与えられる。この砂糖水は、彼の事物にたいする興味をとりさるための麻睡剤である。

ホーマー・レイン著 / 「親と教師に語る」より

 

この本は、生まれたばかりの赤ん坊から、青春期の17~8歳あたりまでの子どもの世界をかいたもので、訳者あとがきは、こう結ばれています。

じっさい大人が自身の心理を客観的に理解し、解剖し、自分の精神の自由を獲得しなければ、大人は子どもを理解し、子どもの創造的活動を励まし、子どもの健康な成長を助けることはできないであろう。

ホーマー・レイン著 / 「親と教師に語る」より

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