不登校?教育?「知ろう、考えよう、少しずつ、一つずつ」

am3こんにちは、AI-am(アイアム)の吉田 晃子です。

夏休みが明けましたね。夏休みの宿題をなにひとつやっていない友人の子どもが、お母さんに「どうするの?」と聞かれ、「夏休みの宿題が全部できたら学校に行くよ」と返しました。それから7年、まだ終わってないそうです、笑。教育とはなんなんでしょうか?

「自分も他者も大切にする」素直さ

昨日の朝のこと。
「もしもしよっぴー」に、ある女子中学生の方(以下Aさん)から電話をいただきました。

お話しの内容は、
[aside type=”boader”]夏休みが終わり、明日(9/1)から2学期だけど、学校には行きたくないです。
ママに聞いてもらうにはどう言えばいいですか? アドバイスがほしいです。
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というものだったのでけど……。

 

あのね、アドバイスがどうの、、、っていう前に、大人だったらこういうとき、「子どもが学校に行きたくないと言います。どう言えば行くようになりますか?」って言うじゃないですか、たいてい。

つまり、言うことをきかせるにはどうすればいいか? ってやつ。

なんかね、「ママにわからせるには」ではなく、「ママに聞いてもらうには」と言ったAさんの、「自分も他者も大切にする」素直さ にこころ打たれました。

 

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「もしもしよっぴー」は終了しました。
今後は LINE@ をご利用ください!

「もしもしよっぴー」は、平日毎朝6:00〜6:50の間、一人最長10分で、よっぴーと電話ができる無料コールです(通話料はかかります)

  • 朝になって子どもが学校に行きたがらない… こんなとき、とりあえず子どもになんて言えばいいの?
  • 学校になんて連絡すればいいの?
  • 子どもからももちろんOK! 親になんて言えばいいんだ?
  • 今日学校休みたい… こんな僕でもいいの?
  • etc

平日(月〜金)朝 6:00〜6:50
050-5243-2518
(※PCからはこのリンクでは発信できません)

おひとり最長10分間の通話とさせていただきます。
つながらない場合は、話し中の場合がございますのでご了承ください。
土日祝はおやすみです。

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教育とはなにか

前回の記事 で、教育機会確保法で 文部科学省も「休んでもよいよ」と言ってるよ。だから心おきなく、学校に行きたくないなら休もうね、と書きました。

しかし本来は、学校に行く、行かないは本人の自由で、いつどこで学ぶかは本人が決める権利がある のだから、文部科学省から許可を出してもらうようなことではない。「休んでもよいよ」なんて言い方は、支配する側からの命令やん! ってことを書きました。

 

学校基本調査で「学校嫌い」の統計が開始されたのは1966年。 不登校新聞社では、昨年「不登校50年」を機に、証言プロジェクトを開始 されて、不登校経験者や親、居場所・フリースクール、医者、教員、学者、弁護士など、さまざまな関係者にインタビューした生の声を、社会的意義を考え、無料で公開してくださっています。

そのなかで 大田堯(おおたたかし)さん 1918年生。教育研究者(教育史・教育哲学)のお話から以下、抜粋 です。

大田:学校教育は便宜上できているものですね。本来は個と個です。個と個の響き合い、これがほんとうの教育です。僕は「社会的文化的胎盤」という言葉をつ かうんですが、人間は社会的文化的胎盤のなかで育ちます。学校で受ける影響というのは、たしかにありますけれども、人間は自己の根源的な内発性によって 育っていますから、家庭もあれば、友だちとの関係もあります。そうした社会状況、地域の状況、こういうものからぜんぶ影響を受けるんです。そういうなかで 人間は「ひとなる」のであって、社会的文化的胎盤で育つ、と考えたほうがいいんです。
そういう意味で言えば、学校教育というものは、たくさんの人を束にして一斉教育をやっているが、それをやらざるを得ないものとしてあるんです。しかし、本来の教育は個を中心にやるというのが原点である、ということはまちがいありません。
ですから、社会的文化的胎盤という広い場面で、さまざまな学習を得ている子どもたちを考えることが必要です。たとえ学校で変わらなくても、一冊の本で変わ るとか、誰かとの出会いで変わる、ということもありうるわけですから。親が悪いから、学校が悪いからと無責任に言うのではなく、そういうふうに考える「柔 らかい胎盤感覚」が広まらないと、この国の教育は、いつまでも国家に支配されたり、上から下への教育が中心になると思います。

 

日本が学校というものに依存したのは、早くヨーロッパのような近代国家にしたい、と思ったからです。まず学校をつくって、そこでエンジニアをつくる、官僚 をつくる、ということを明治の初めからやりましたから、学校というものが重みを持って、それによって将来の職業が決まる、ということになっちゃったわけで す。そういうところに、むしろ大きな原因があるわけだから、不登校はあり得て普通だと思います。

 

奥地:最後もう一つお願いしたいのですが、9月1日に子どもの自殺が多く起こっています。今年は、子どもたちも「学校だけじゃない」「休んでいい」と発信しています。長期休み明けの自殺について、一言コメントを。

大 田:一言では言えませんが、自殺だけではなく、虐待もあるじゃないですか。そういうこと一つひとつが基本的人権の侵害でしょう。天から与えられたユニークないのちというものをおたがいが大事にしあう、そういう基本的人権の尊重というものを、みんなが軸にして生活と社会を考えるという展望をもって、その夢に近づいていく。「させる」とか「やらせる」をやめちゃって、そういう方向に進んでいく以外にはないと僕は思っています。

 

大田堯さんのみならず、もうほんとたくさんの方の貴重なお話しを、購読者に限定せず公開してくださっています(不登校新聞は本来有料です)。

インタビューは長いですが、読まれてみてはいかがでしょう。知らなかったことを知れたり、抱えている不安が放たれていったりするかもです。

8月29日には、デモクラティックスクールの先駆者・児島一裕さんのインタビューもあがりましたよ!

 

子どもの権利条約

みなさんは「子どもの権利条約」をご存じですか? 読まれたことありますか?

大田堯さんのインタビュー中にも出てきた「基本的人権」。

この条約は、子どもの基本的人権を国際的に保障することを目的に、1989年に国際連合で採択されました。前文と54条の本文で構成され、生きる権利守られる権利育つ権利参加する権利 を4つの柱に、子どもたちを守っていこうとするものです。

日本は1994年4月に批准。2017年3月現在、196の国と地域が締約しています。

 

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出典:日本ユニセフ協会

 

でも、知らない人が多いのではないでしょうか?

まして子どもとなると、もっと知らないかも?

学校は教えたらいいのに! っておもう。

どうせ強制するなら、夏休みの宿題の定番「読書感想文」(学校側が指定した数冊の本のなかからどれかを選び、で、感想文を書くコレ、大っキライだった)に、この本を読ませたれいいのにな。

 

わが家にある「子どもの権利条約」のことが書かれた本は、 子どもによる子どものための「子どもの権利条約」 なんだけど、この本はとーっても分かりやすく書いてあって、子どもから大人まで読める本だと思います。

子どもによる子どものための「子どもの権利条約」

 

素直な心というのは、誰に対しても何に対しても耳を傾け、学ぶ心で接し、そこから何らかの教えを得ようとする謙虚さを持った心なんですね。