「不登校って言わないで」”不登校”という言葉で傷つく子ども達を新ネーミングで守りたい?

am3こんにちは、

AI-am(アイアム)
よっぴー です。

“不登校”という言葉で傷つく子ども達を新ネーミングで守りたい!

社会派アイドルグループ「 制服向上委員会 」さんが、

不登校との言葉で浮かぶ負のイメージから、学校に行かなくなったり、行けなくなったりした子どもたちを守りたい想いから、

プロジェクトを立ち上げ、「不登校」に替わる用語を募っていらっしゃいます。

今回は、“不登校” に変わる新ネーミングのご応募方法と、それに伴う活動として、クラウドファンディングで、イベント開催費用など250万円も集められている情報、および、わたしは違和感をおぼえるなっていう話です。

制服向上委員会の橋本美香さんがプロジェクトを始めた想い

“不登校” という言葉で傷つく子ども達を新ネーミングで守りたい! と、プロジェクトを始めた想いを、

制服向上委員会の橋本美香さんは、

制服向上委員会オフィシャルサイトに書かれています。

>>> https://readyfor.jp/projects/hutokonewname

以下は、抜粋より。

学校が居場所の全てではない。言葉で定義される呪縛からまずは解放したい。

学校へ行かなくなる、いけなくなったことを悩んでいる子どもたちに対して、多くの場合「不登校」という言葉をかけること、そのレッテルを貼ってしまうことはさらに子どもたちを傷つけることになります。

不登校が問題になる背景には、自宅学習が学校学習よりも劣位にあるとする風潮が、一つの要因としてあると考えています。

評される言葉の意味や、言葉自体が変わっていけば、不登校で悩む子どもたちの気持ちも変わり、何より自信を持って生きていけるのではないでしょうか。

そのために、今回のプロジェクトではまず、今まで使われてきた「不登校」の持つ負のイメージを変えるために、その「名称」を変えることからスタートしたいと考え、このプロジェクトを立ち上げました!

引用:“不登校”という言葉で傷つく子ども達を新ネーミングで守りたい!

「不登校」を、新たなネーミングへ!

不登校の言葉から連想される“負のイメージ”を払拭する、新たなネーミングを全国に広めていくために、都内にて新ネーム発表会を開催します。そして民放ラジオ局、学校関係者や教育委員会、行政、マスコミ、などへ広く情報発信をしていきます。

ネーミングの決定に関しては、各界知識人の意見も反映させたいと思います。そして、前向きな言葉選びを行っていく考査会も実施していく予定です。

また、発表会では、新ネーミングに合わせた新曲を発表予定です! この曲を通して、多くの方に新たなネーミングを発信していきたいと思います。

▷詳細は こちら

引用:“不登校”という言葉で傷つく子ども達を新ネーミングで守りたい!

クラウドファンディングの応援協力先

クラウドファンディングで、イベント開催費用など250万円も集めていらっしゃいます。

ーご支援の使い道ー

今回のプロジェクトでご支援いただいた資金は、以下の費用に、大切に使わせていただきます。

・考査会の実施費用

・発表会の実施費用

・広報費用

引用:“不登校”という言葉で傷つく子ども達を新ネーミングで守りたい!

※ 2019年6月9日(日)  PM6:48 現在
※ 6月21日(金)午後11:00までに、2,500,000円以上集まった場合に成立となります。

>>> https://readyfor.jp/projects/hutokonewname

集まった案を、識者を交えて検討し、10月に東京都小平市でのイベントで発表する予定だそうで、

新用語によせて曲もつくり、不登校と呼ばれて傷ついた子どもたちと一緒に歌う構想もあたためているとのことです。( 東京新聞 より)

不登校という言葉は状況を表すだけの言葉

オヤトコ発信所でも以前、ネーミングを考えたりもしていましたが、それは「用語」ではないということを伝えたものでした。

「不登校」という言葉に、イヤな感情をもたれる方がいます。

わたしも嫌いです。

けど、悪感情を抱くのは偏見です。

「不登校」という言葉に悪感情をもち、偏見や差別の意識が混ざるのであれば、どんな言葉に置き換えても、「言葉」は同じ道を辿ります。

「不登校」という言葉、これ自体は、状況を表すだけの言葉なんです。

「学校恐怖症」から、「登校拒否」や「登校すくみ」などの用語が登場し、やがて「不登校」という呼び名が定着したように、

本質的・根本的な問題の解決を図るのではないのなら

偏見や差別の意識がなくならないのなら

同じことを繰り返しているだけだよなあ、、、っておもいました。

不登校問題を生み出す学校や社会の在り方への見直しに向かうのではなく、

不登校をしているこどもを、どう「支援」するかという点に対策を焦点化させることは、不登校をすることは良くないというメッセージを送るものとなりませんか。