ニューヨークの地下鉄で 〜「現在」がある車内(後編)〜

am3こんにちは、AI-am(アイアム)の吉田 晃子です。

2009年に行ったニューヨーク。そのときの地下鉄のはなし(後編)。

自分で、前向きに創り上げていく毎日

海琳さんが6歳か7歳だったころに、朝の東京山手線に乗ったことがありました。

はじめて乗った彼女はわたしの耳元で小さく言うんですね。「この電車には『現在』が乗ってないなあ」と。

以下は、2009年12月に海琳さんとニューヨークに行って地下鉄に乗ったときの話、 ニューヨークの地下鉄で 〜「大切なことを五感で味わう」 のつづき、後編です。

 

さて、

メトロカードも買えて、改札も通れ、ホームに行くと……。

 

ホームはもとより、ホームに行くまでのあらゆるところで、パフォーマンスが行われています。

民族楽器を演奏する人々、バイオリンなどの楽器でクラシックを演奏する人々、ギターを弾く人、歌う人、、、と楽器の演奏や歌をはじめ、ダンスや手品、演説、、、とあらゆるパフォーマンスが繰りひろげられています。

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出典: NEW YORK

それと壁。

↑↑ の画像でもわかるかとおもうのですが、構内やホームに貼られているたくさんの作品も、もうすごいんです。

 

こんなにもアートが受け入れられているなんて! 奏でる場所や、描ける環境があまりに乏しい日本とは大違い。

若いアーティストたちの創造性豊かな発言と表現にプラットフォームを与える。それは世界が彼(彼女)らの存在を知り、知ることからそこに受容が生まれる……。

単一的な考え方の危険性を怪訝していたけれど、だからこそ日本では出る杭は打たれるんだ。って……、なんかそういった仕組みをみたような気がした。

高い秩序と清潔さに価値が見いだされる日本では、自由に表現することが許されていくのはまだまだ先なんでしょうね。

 

電車に乗り込むと……、生きる喜びが乗っている!

大きな本(単行本やそれ以上大きい本)と、ドリンクが入ったカップ(スタバなどの)を持ってる人がとても多いんです(たまたまかもしれないけどね)。

「へえ〜」っておもい見てたのだけど、本にカバーをしている人がひとりもいなくって、「なんで日本はカバーをするんだろう?」なんて考えだしてしまっていたら、、、

 

隣の車両から低所得者(?)と思われる方がお菓子のポッキーを売りにきた。

それをある男の方が5箱ほど買われたんですね。「メリークリスマス!」と言って。

またもや「へえ〜」っておもい見てたら、買ったそのお菓子をあけて、小分けされている銀の袋を、車両に乗っていた子どもたちにプレゼントしだした。「メリークリスマス!」と言って。

海琳さんももらったよ。わたしもくれた!(子どもに見えた?)

 

なんなんだろう。

持ってたパンを、ホームにいたホームレスにあげる若い女の子もみた。

 

その男の人は、余ったポッキーを、今度はおとなにも1本ずつ配りだした。

日本でいう「かんぱ〜い」みたいなもの? なにかを言ってみんなで祝われた(んだと思う)。

 

生活はアート

今度はそのお礼がはじまった。

ポッキーを1本プレゼントされた70歳ぐらいのおじさんが歌を歌いだした。

その歌に合わせて、やや離れて立っていた若者が、ギターの音をのせてきた。

 

なに言ってるのか、英語はわからないんだけど、「たのしい」はわかる。

 

犬がフツーに乗っていたり(今はカバンとかに入っとかないとダメになったんですってね)、、、

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出典:www.instagram.com

 

赤ちゃんが泣いて、まわりの人たちがあやしだしたり(「かごめかごめ」みたいに輪になって、赤ちゃんのまわりを回りながら、赤ちゃんの前にくると「いないいないばあ」をしてる。とっても滑稽でとってもあったかかった)、、、

赤ちゃんが泣きやむと、そのままダンスに流れ込んだり、、、

 

駅に着くたび、ドラマはかわっていくんだけど、ずっと乗車している「今」が新しいドラマを紡いでいく。

 

洗練

もし仮に、ここで悲しみを話したのならば、聞いてくれるんだろうなあっておもった。

喜びを話せば、同じように喜んでくれるんだろうなあとおもった。

これまで抑圧されたり、無視されたりしてきた声に耳を傾けられるだけの、おおおげさに言えば人類への愛を持ち合わせている、そんなオープンさがある。

すべてをYESと受け入れるのは自分なのだということに気づかせてくれる、その安全さがここにはある。

 

もちろんそれは自分から発振しないといけない。

そこできちんと反対意見に耳を傾けた上で、議論ができるようにならなきゃいけない。

 

日本と比べてどうのこうの、、、善悪がどうのこうの、、、ってことじゃなく、自分が持っていない部分や、習える部分を取り入れて、世界をひろげていきたい。

 

そんなこんなをかんじたニューヨークの地下鉄がおもしろくて、乗りまくって「地下鉄」を観光していた。

切符を買うのも改札を通るのもすっかり慣れて。