不登校の子どもを普通学級の子どもと分けて別の対応・教育ができる場を充実させ個人別のデータ管理をする「不登校問題のピンチ」小沢牧子著

 

am3こんにちは、AI-am(アイアム)の吉田 晃子です。

昨年12月に成立した「教育機会確保法」のことについて下河辺牧子さんこと、小沢牧子さんが書かれた『不登校問題のピンチ』から考えてみます。

小澤昔ばなし研究所 『子どもと昔話』

『不登校問題のピンチ』は、 小澤昔ばなし研究所 さんが発行されている『子どもと昔話』という季刊誌で連載中の「老いの場所から」に載せられたものです。

 

※『子どもと昔話』・・・1999年以来発行されている昔話を愛する人たちのための季刊誌です。1、4、7、10月20日の年4回発行されています。

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「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律」(略して「教育機会確保法」)

2016年12月7日、不登校、学校外(フリースクール等)や、夜間中学校での多様な学びを応援する「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律」(略して「教育機会確保法」)が成立しました。

子どもの権利条約等の趣旨に則り、学校外の学びの重要性や、休養の必要性も認めつつ、ひとりひとりの状況にあった学び方や育ち方、学習権を保障する法律です。

 

しかし、「教育機会確保法」の不登校にかかわる部分を小沢牧子さんは、『子どもと昔話』71号で以下のように理解すると書かれています。

不登校の子どもを普通学級の子どもと分けて別の対応・教育ができる場を充実させ、個人別のデータ管理をする」。

出典:『子どもと昔話』第71号

 

これまで知的、身体、発達の障害と呼ばれる子どもたちにそれぞれ設けられた「別の場」に加えて、さらにもうひとつの特別空間が拡充されることになる。これまでの不登校運動が積み上げてきた「不登校の子どもたちから学び、過ごしやすい学校に変えよう」という側面は、大きな打撃を被る成り行きとなった。

出典:『子どもと昔話』第71号

 

と つづき、憲法への疑問を述べていきます。

 

不登校は病気とされた1960年代/学校恐怖症

1966年、国が不登校の調査を始めたころ、不登校は「学校恐怖症」という病気にされていました。

病名や概念規定を巡り適切ではなかった当時は、精神科医や心理学者たち専門家によって、「母子分離不安」や「自我の未成熟」などといった病名で一方的に説明され、

不登校の子どもとその親は長いこと、診断や治療の対象とされてきました。

 

「病んでいるのは不登校になった子どもではない。不登校を生み出した学校教育なのだ」/1980年代

不登校は「病気」と捉えられ、精神科などでは強制入院や薬漬けもありました。

しかし80年代に入って、不登校観に大きな変化が起こります。

 

そのまっとうな変化をもたらした原点に、精神科医・渡辺位(わたなべたかし)さんの発言と、奥地圭子さん(東京シューレ理事長)の精力的な活動がある。と小沢牧子さんは言い、

渡辺位さんの著書『登校拒否 ー 学校に行かないで生きる』から以下の部分を紹介されています。

「登校拒否は、いまのゆがんだ学校の状況から身を護るために無意識にとる反応であって、異常や病的なものではありません。
それは腐ったものを気づかずに食べたときに生じる下痢にたとえることができます。下痢は誤って食べた毒物をからだのなかに吸収してしまわないうちに一刻も早く体外に出して、生命を危険から護ろうとする健康な反応です。登校拒否もそれに似ています…」

出典:『子どもと昔話』第71号

 

また、不登校運動を牽引した奥地圭子さんは、登校拒否への偏見とたたかう活動の中心的役割を担い、20年以上つとめた教師をやめ、1985年に「東京シューレ」を立ち上げられます。

 

80年代以降の制度の狭間から、制度に回収された2016年

小沢牧子さんは「老いの場所から」で、こう書かれています。

だがその活動はやがて、自前の学校づくりへと向かう。2000年に、構造改革特区制度を利用した私立中学校「東京シューレ葛飾中学校」を開校し、「不登校のためのもう一つの学校」の場を作り出す。奥地さんのこの「別の学校づくり」の方向性が、今回国会を通った新法を導いたであろう。

それまでの不登校運動の勢いのもとで、不登校の子どもを別の場に分けて管理追跡しようとする国側の思惑は抑え込まれていた。しかし奥地さんを中心とする運動が「子どもたちに多様な学びの保障を」という制度的要求運動に傾くや、国側はそこに「では、別の場で多様に学ぶ制度を」と巧みに応じ、さきの不登校の子どもに関する新法が、そこに登場した。

出典:『子どもと昔話』第71号

 

教育機会確保法は、不登校を学校から分ける

不登校の子どもを、国はなぜ別の場に分けたがるのか。それを考えるためには、親子にとって学校とは何かという問いを避けることができない。

出典:『子どもと昔話』第71号

 

その答えはかんたんなものではない、と書かれています。

それでもさらに読みすすめていけば、国家の役割はなんなのか、、、

わたしたちはいかにコントロールされているのか、、、

学校の根本役割を考えることの重大さにふれます。

 

不登校の子どもを普通学級の子どもと分けて別の対応・教育ができる場を充実させ、個人別のデータ管理をするのはなぜか?

 

児童精神科医・渡辺位さんの書籍

80年代は学校論議、教育論議が盛んで、不登校問題も論じられるようになりました。

なかでも児童精神科医・渡辺位さんの見解、「不登校は病気ではない」という考えは波紋を呼びました。

 

たくさんの不登校の本があります。

しごとがら、不登校関連の本を読むなか、わたしは渡辺位さんの書籍が好きです。