こんにちは、AI-am(アイアム)の 星山まりん です。
夏休み明けが不登校を克服するチャンス、といわれますが、これは必ずしも適切ではありません。
不登校、不登校がちの子どもに親が言わせてしまう「明日は行く」と「夏休み明けからは行く」は、おなじ言葉です。
もくじ
夏休みに不登校を克服したほうがいいといわれる理由
不登校を克服するために夏休みを活用したほうがいいというけど、これは必ずしもそうではありません。
夏休みに不登校を克服したほうがいいといわれる最大の理由は、「良いきっかけだから」です。
タイミングを逃して、突然登校するのも気まずいし、気まずいからずるずると行かない日が続くので、夏休み明けを機に登校しよう、ということ。
不登校云々にかかわらず、タイミングは大切です。
でも、「夏休み明け」は、必ずしも適切なタイミングではない。
「明日は行くから」と「夏休み明けからは行くから」
不登校、あるいは不登校がちの子どもがよく言う、「明日は行くから」という言葉がありますね。
そう言ったものの、翌朝やっぱり学校へ行けない、というやつです。
親は、「行くって言ったのに」とか「どうして行けないの」とか、「どうせ行けないのに嘘をつく」といった気持ちになるかもしれないけど、
子どもは、親を丸めこむために言っているわけでも、嘘をついているわけでもありません。
どうにか学校へ行ってほしいと思っている親のために言う。
行けない、行きたくないと口にすることを恐れているから言う。
子どもはこれを言えば楽になるわけじゃなく、むしろ、さらにプレッシャーがかかっています。
行くと言った以上は、朝、家を出る予定時間のそのときまでずっと「行かなくちゃいけない」ということで頭がいっぱいになるし、「行きたくない」という思いがよけいに募っていく。
(↓「明日は行くから」についてはこの記事でも詳しく書いています↓)
「明日は行くから……」
そういって寝て、朝になると行かない……。というか起きてこない……。
このご経験をされている親御さんは多いかとおもいます。
「行っても行かなくてもいいのよ、ただねお弁当の段取りがあるからどっち? 明日は行く? 行かない?」
こんなふうに言ってる親御さんもいるとおもいます。
あのね、この「明日は行くから……」。この言葉を訳すとね、
「お母さん、ごめんね。
学校に行けずにごめんね。
ごめんね、ごめんね、お母さん。
お母さんを悲しませたくないから…
お母さんに嫌われたくないから…
だから明日こそは行こうっておもうんだ。
こんな自分ゆるせないから明日こそっておもうんだ。
でも行けないんだ…
お母さん、ごめんね。
学校に行けずにごめんね。
ごめんね、ごめんね、お母さん。
でもお母さん、ぼく(わたし)をきらいにならないでね。
お母さん、お母さん、見捨てないでね
お母さん、お母さん…」この想いの省略形が「明日は行くから……」です。
もし「行きたくない、(明日は)行かない」と言えたなら、そして親がすんなりとそれを受け入れてくれたら、夜だってぐっすり眠れるかもしれない。
これは子ども自身にとって(もちろん親にとっても)、とてもしんどいことです。
わたしたちは、学校に行かないにせよ、行くにせよ、ひとときだって、つらい思いをする必要はありません。
そして「夏休み明け」は、この「明日」と同じなんです。
プレッシャーになるタイミング、ならないタイミング
もちろん、夏休み明けから学校に行きたい!と思ったひとには、それがいちばんいいタイミングです。
でも、キリのいいタイミングだからと、ほんとうは全っ然行きたくもないのに「夏休み明けからは行く」と決める、あるいは(無意識的にも)決めさせられることは、とても大きなプレッシャーになる。
この重圧は、ストレスにしかなりません。
やる気をかきたてたり、それが困難でも超えたい! と思わせるようなことはない。
むしろ、やる気や元気、自信を奪ったりするものです。だって、行きたくないんだから。
タイミングは、それぞれにあります。
ほんとうに行きたいときがきたなら、どんなに行きづらいタイミングでも、どんなにドキドキして吐きそうになっても、家をでて学校に行く。
「不登校は問題」と思う自分を克服する
そもそも、不登校って、克服するようなものじゃありません。
悪じゃないのはもちろん、必要な休息時間でもない。
だから、治すものでもないし、よくするものでもない。
自分なりのタイミングが少しでも早く訪れるように、と努力することでもないんです。
「必ず訪れるから待つ」のではなく、行きたいなと思う日が訪れれば行く、訪れなければ行かない、ただそれだけ。
しいていえば、「不登校を問題だと思うこと」を「克服」する、というほうが、わたしにとっては自然なことのように、思います。
今日の本
学校は行かなくてもいい ――親子で読みたい「正しい不登校のやり方」/ 小幡 和輝
日本の小中学校の不登校生徒は約13万人(2016年度)。保護者や教師に「なぜ?」と問われても、自分の感情をうまく表現することができない子どもたちは、押し黙って引きこもるか、嫌々学校に行くしかない。
一瞬でもそれから解放されるのが夏休み。だが、明けて9月1日は子どもたちの自殺が一番多い「危険日」でもある――。
著者は約10年の不登校ののち、定時制高校から(正当な)“裏技”を使って国立大学に進学した。また、高校3年生のときに起業、いまは学生にして社長でもある。
そんな著者が、不登校の子どもたちに送るメッセージは、「学校は行かなくてもいい」という選択肢があることと「正しい不登校のやり方」だ。
本書では、途中に漫画を交えて著者の体験を紹介する。また、同じように不登校を体験したが今は起業している“先輩たち”の体験談(家入一真氏、吉藤オリィ氏ほか)や、著者のブログに投稿された不登校経験者たちの声も多数収録した。
「不登校でもこんな生き方があるよ」ということを知ることで救われる子どもたちがきっといる。もちろんそれは保護者も同じだと思う。ぜひ親子で読んでほしい一冊です。