緊急事態条項の問題点をヒトラー独裁政権とワイマール憲法から考える

自民党憲法改正草案の緊急事態条項(第98条・第99条)は、ワイマール憲法の緊急事態条項(第48条)と似ています。

政治学を勉強したくて、昨年、法学部に入ったところ、必修の憲法に魅せられ関心をもつようになりました。

それからあらためて自民党改憲草案を読むと、緊急事態条項(98条・99条)=国家緊急権は、ワイマール憲法の緊急事態条項(48条)=大統領緊急命令権と似ていると思い、気になってヒトラー関連の書籍を再読したり、実際にワイマール(ドイツ)にも行ってきました。

この記事では、勉強しはじめたばかりの自分が緊急事態条項(98条・99条)のここが問題じゃない? と思う点を、ワイマール憲法の緊急事態条項(48条)とそれが可能にしたヒトラー独裁政権の成り立ちをふまえて、考えています。

緊急事態条項(国家緊急権)とは何か?

自民党の日本国憲法改正草案第9章が定める「緊急事態条項」とは?

おおざっぱに言うと、

戦争や災害などの緊急事態時に、
(現行の)憲法はムシして、
内閣総理大臣もしくは内閣が「こうしよう!」と独裁で決定することができる

規定のことです。


衆議院憲法審査会事務局によると ……

緊急事態において、「戦争・内乱・恐慌・大規模な自然災害など、平時の統治機構をもっては対処できない非常事態において、国家の存立を維持するために、国家権力が、立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置をとる権限(国家緊急権)のことです。

「緊急事態」に関する資料:衆議院憲法審査会事務局
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/shukenshi087.pdf/$File/shukenshi087.pdf


つまり、以下のようなことになります。

すなわち、国会で議論することなく政府の意思決定のみで市民の権利を制限し、義務を課すことが可能になります。

沖縄弁護士会
https://okiben.org/column/1529/


これがどう問題なのか、記事の後半で ⑴ ⑵ ⑶ をそれぞれみていきますね。

ヒトラー独裁政権はどのように可能になったのか?

自民党改憲草案における緊急事態条項の問題点を考えるにあたって、ワイマール憲法48条の緊急事態条項(大統領緊急命令権)と、ヒトラー独裁政権の成り立ちを振り返ってみます。


ヒトラー政権はどのように成立し、独裁が可能になったのか?

緊急事態条項(48条)の要件がザルだったからです。
その緊急事態条項(48条)を悪用したからです。

ワイマール共和国において、ザルな緊急事態条項(48条)が濫用されていたことでヒトラー政権は誕生し、独裁制を布くためにヒトラー政権は緊急事態条項(48条)を悪用していきました


ここでざっくりと、ワイマール共和国がどんなものだったのか、ヒトラー政権が生まれてくる背景をちょっと見てみますね。

ヒトラーが首相になるまでのワイマール共和国

ワイマール共和国(1919年〜1933年)とは、ドイツ帝国が第一次世界大戦に敗戦し、帝政(君主制)から共和制へと移行したドイツ国の通称です。

ワイマール共和国は議会制民主主義に基づく政権で、1919年に制定されたワイマール憲法は、民主主義憲法のさきがけとなった、当時もっとも先進的な人権規定をもつ憲法でした。
しかし、帝政を復活させたい保守・右派と、共産主義革命を目指す左派、左右の反体制勢力も盛んで、共和政支持派との対立は深刻でした。

世界遺産に登録されているワイマールは、「知識人の巡礼地」と言われるほどドイツのみならず世界各国から文学や芸術、音楽、建築など様々な分野の著名人が集まった町。ゲーテやシラー、ヘルダー、ヴィーラントなどドイツ文学や芸術家のほか、近代建築「バウハウス」もこの地で生まれ、ヨーロッパの精神史に大きな影響を与えた人たちがこの町に暮らしたそう。
地図はポケットにしまって、ほんわりと散策を楽しめる小さな町だった。
写真の銅像は、ゲーテ(左)とシラー(右)。で、像の背後に建つ建物は国民劇場で、この場所で議会が開かれ、ワイマール憲法を採択、ワイマール共和国が発足した!

壊滅的な経済状況、国内は大混乱

さらに、大戦敗戦国としてスタートしたワイマール共和国は、戦勝国から、ベルサイユ条約で天文学的な戦争賠償金を定められます(現在の日本円に換算すると約236兆円だって!)。

巨額の賠償金に苦しみ、政治は混迷、首相は次々変わります。
そこへきて1929年の世界恐慌。ワイマール共和国は壊滅的な経済状況となり、議会政治も国民生活も大混乱。

ハイパーインフレは驚異的なレベルまで上昇し、失業率は40%を超え、1930年半ば300万人に増大した失業者は、1931年末には600万人に達します。もう内乱に近い状況。
(1928年の総選挙では第一党だった)社会民主党内閣は対応できず、総辞職。なんとかしなければ……。

帝政復活を望む大統領ヒンデンブルクは、同じく帝政復古主義者のブリューニングを首相に任命し(在任期間791日)、議会に拘束されない政府をつくるよう命じます。
ブリューニング首相は増税とデフレ政策で財政の建て直しに挑みますが、再建案が国会で否決されるや、この法案を大統領緊急命令権(48条)によって制定しました。

このときより、行政と立法の見解の一致をはかるべく努力するのではなく、大統領緊急命令権(48条)が濫発され、議会制民主主義は行われなくなっていきます

以降、ヒトラーに先立つパーペン首相(在任期間169日)、シュライシャー首相(在任期間56日)のワイマール共和政末期は、議院内閣制から、大統領緊急命令権(48条)に依拠する大統領内閣となるのでした。

ヒトラーを首相に!

この頃のヒトラー率いるナチ党は、1928年の国民議会選挙の得票率2.6%から、4年後、1932年の同選挙では37.3%の票を得て、国会第一党となる躍進を果たしていました。
共産党も1928年の10.6%から、1932年には14.3%へと進歩をつづけ、両党の議席は合わせて過半数を超えます。

一方、ヒンデンブルク大統領の権威に頼るパーペンやシュライシャーのドイツ国家人民党内閣は、1928年得票率14.4%から、1932年には5.9%へと下がり、大統領緊急命令権(48条)のみで政権を維持する有様。
それぞれ自分の利益しか考えない。国はいよいよもって存続の危機です。

パーペンたち保守派政治家は、自分たちに都合のよい条件で権力や名声を保持するために、勢いづくヒトラーの力を利用しようと謀り、大統領に(自分を副首相にして)「ヒトラーを首相に」と進言します。共産党の進撃を阻止し、保守派の権益を守れるのはもうヒトラーしかいない、と。

帝政や国防軍の復活を望む反共産主義の財界も、ヒトラーに巨額の政治献金をおこない、「ヒトラー首相」を求める請願書をヒンデンブルク大統領に届けます。

代々軍人家系の名家生まれで、ドイツ帝国陸軍の元帥であった権威好きのヒンデンブルク大統領は、ヒトラーのことを「出自もよくわからない、画家をめざして定職にも就かず、大戦中は伝令兵だった」と毛嫌いして拒否していましたが、自身の弾劾と公訴を恐れて、遂にヒトラーを首相に任命するのでした。

1933年1月30日、アドルフ・ヒトラーはワイマール共和国15人目の首相に就任します。
それは14年間続いたワイマール共和国の終わりとなり、ここからヒトラー独裁政権によるナチス・ドイツ(1933年〜1945年までのドイツ国の通称)が始まっていくのでした。

緊急事態条項の威力と全権委任法(授権法)の独裁力

「ヒトラーは国民が選んだ」「民主主義から生まれた」というように言われることもあります。

それらは必ずしも誤りではありませんが、上記の略史からは、国の経済規模を度外視した戦争賠償金に加え、世界大恐慌の影響をもろに受けて経済が破綻し、民主主義が崩壊し、権威主義的独裁となったワイマール共和国において、大統領緊急命令権(48条)をもって、大統領がヒトラーを首相に任命した、という過程が見えてきます。

では、ヒトラーによる独裁は、どのように可能になったのか?


ワイマール共和国に関する何冊かの本を読んでわたしが思ったのは、大統領緊急命令権(48条)ってやつは、政治力を弱らせる悪質な権力! だなということ。

ブリューニング首相から大統領緊急命令権(48条)に依拠する大統領内閣になっていき、パーペン、シュライヒャー期にいたっては(ヒンデンブルク大統領自身も)大統領緊急命令権(48条)をお尻に敷いてあぐらをかいた。
ヒトラーが彼らとちがっていたのは、ヒトラーは大統領緊急命令権(48条)を肩に着て虎に翼のごとく飛びたった。


1933年1月30日、首相に就いたヒトラーは政権を握るや、魅せる弁舌と、抜け目ない戦術で、大統領緊急命令権(48条)を悪用して、一気に自身の権力基盤を固めていきます
そして2ヶ月もしないうちに、どうしても手に入れたかった「全権委任法(授権法)」を我が物にするのでした。

大統領緊急命令権(48条)は、緊急命令権を出す権限は大統領に与えられていて、首相が使いたいときは大統領を通して発令するもの。
一方、全権委任法(授権法)は、首相がすべての法律(予算や憲法に反する法律も!)を国会審議を経ずに制定できる法のことで、正称は「国民および国家の困難を除去するための法律」といいます。

まさにリヴァイアサン(怪物)!
とてつもなくおそろしい独裁力をもった法で、大統領にかわって首相に法令認証権があり、選挙も必要ない、国会の承認も必要ない。大統領の署名も、議会への報告義務も要しない。立法権が政府に託されています。

全権委任法(授権法)は4年間の時限立法でしたが、ヒトラーは更新を繰り返し、最終的には無期限にしました。首相への権力集中が起こり、ヒトラーの独裁で法を定めてしまえるのです。


あとで詳しく見ていきますが、自民党改憲草案の緊急事態条項(98条・99条)も首相が権限を持ち、権力によって憲法をいったん停止させ、首相が「こうしよう!」と独裁で決定することができてしまえるものです。

首相就任2ヶ月経たない3月23日、ヒトラーは全権委任法(授権法)を手中に収めます。こうして、ヒトラーの独裁制が成立しました。

ヒトラーが全権委任法(授権法)を手に入れるまで

以下は、全権委任法(授権法)を手に入れるために、首相に就いた1933年1月30日から、全権委任法(授権法)制定までの間にヒトラーが発令させた大統領緊急命令権(48条)と主な出来事です。

  • 2月1日 国会解散(大統領緊急令 発令)
  • 2月4日 「ドイツ国民を保護するための大統領緊急令」発令
  • 2月6日 「プロイセンにおける秩序ある政府関係の回復のための大統領緊急令」発令
  • 2月17日 国家の敵への射撃命令(警察権力をもつ)
  • 2月27日 国会議事堂放火事件
  • 2月28日 「ドイツ民族と国家を保護するための大統領緊急令」発令
  • 〃   「ドイツ国民に対する裏切及び反逆的陰謀取締のための大統領緊急令」発令
  • 3月5日 国会総選挙
  • 3月9日 総選挙で当選した共産党の国会議員の無効を宣言、国会議員の資格を抹消
  • 3月12日 「国旗掲揚の暫定的規制に関する大統領緊急令」発令
  • 3月13日 国民の啓蒙と宣伝のための帝国省創設
  • 3月21日 「国民高揚の政府に対する卑劣な攻撃の防衛のための大統領緊急令」発令
  • 〃   特別裁判所設置に関する共和国政府命令
  • 3月22日 ダッハウ強制収容所運営開始
  • 3月23日 「国民及び国家の困難を除去するための法律」(全権委任法(授権法))制定


全権委任法(授権法)の制定に向けた政略、国民の基本的権利を停止した2月4日と2月28日の大統領緊急命令権(48条)は、ヒトラー・ナチ党の権力掌握を見せつけるものとなり、ヒトラー独裁国家への権力基盤を固める重要点となるのでした。

全権委任法(授権法)をあくどい手段で手に入れると、ナチ党以外の既成政党や労働団体を解散に追い込み、「政党新設禁止法」をつくって新党結成を禁じ、ナチ党の一党独裁体制をつくりあげました。

仕上げには「ドイツ国の国家元首についての法」をつくり、大統領と首相の役職を統一。これによって「ヒトラー総統」が誕生したのでした。

その後、ヒトラーはナチ法と呼ばれる法律を次々とつくっていきました。首相がどんな法も自分でつくれてしまうおそろしさ。
内閣が立憲的な憲法秩序(人権の保障と権力分立)を一時停止して非常措置をとる権限は強力ゆえ、危険も非常に大きい。国会の機能が消滅したら、どうなるか。。。

独裁体制には、なんといっても重大な短所がある。独裁者が賢明なときにしか有効に機能しないということである。もし独裁者が、暗愚な場合、国が落ちて行くスピードもまた尋常ではないことになる。

『ヒトラーの経済政策』(武田知弘)p.153

自民党改憲草案の緊急事態条項の問題点

ここから、自民党改憲草案の緊急事態条項(第98条・第99条)の問題点を整理してみます。

冒頭でも述べたように、自民党の日本国憲法改正草案第9章が定める緊急事態条項とは、おおざっぱに言うと、

戦争や災害などの緊急事態時に、
(現行の)憲法はムシして、
内閣総理大臣もしくは内閣が「こうしよう!」と独裁で決定することができる

規定のことでした。

この (1) (2) (3) に沿って、自民党改憲草案の緊急事態条項はどう問題なのか? をみていきます。

緊急事態条項(1) 戦争や災害などの緊急事態時に、とは

戦争や災害などの緊急事態時に」は、緊急事態条項 第98条1項にあたります。

自民党憲法改正草案第98条1項では、緊急事態の宣言要件を

内閣総理大臣は、我が国に対する 外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態 において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。

と規定しています。(筆者下線)


第98条1項の問題点

って、結局、どんな事態が緊急事態なんやろ? 曖昧すぎ!

緊急事態の条件は制限しないといけないのに、「等」や「その他」がついて、この規定だとなんでもかんでも緊急事態にできてしまう。肝心なとこ「法律で定める」って投げてるし!

「外部からの武力攻撃」「内乱による社会秩序の混乱」「地震による大規模な自然災害」と例を並べて、帰すところ「“その他”の法律で定める緊急事態」と法律に委任してるの、大問題! それってどんな法律? どんな法律をつくるの?

そもそも、緊急事態かどうかの判断は 内閣総理大臣が決める んだろうか? それなら、首相(内閣総理大臣)自らが「緊急事態だ!」って宣言さえすれば、ヒトラーみたいに権力を独り占めしてやりたい放題することも可能になってしまう。

こどもたちの教育の保障を! とか、増税反対! といった集会やデモだって、「内乱等による社会秩序に混乱」の “ 等 ” とみなされたら、緊急事態だってことになる。


というか、増税反対! のデモが「内乱等による社会秩序に混乱」とみなされるかどうか以前に、緊急事態条項が憲法で定められていたワイマール共和国では、国の経済が大変だからと言って、当時のブリューニング首相が全面的な増税を策定した。

そんなの反対! といっても、それは命令。しかも大統領緊急令は1度ならず2度3度、、(ブリューニングのときだけで62回も)頻繁に濫発された。

いまも増税を繰り返す日本で、こうしたことを可能にする状態を作り出すのは、危険きわまりない。
緊急事態条項が新設されたら、「緊急」の名の下あらゆることが、時の内閣総理大臣のおもうがままにすることが許されてしまう。


緊急事態条項 ⑵ 憲法はムシして、とは

憲法はムシして、」というのは、緊急事態条項 第99条3項 にあたります。

自民党憲法改正草案第99条3項には、

緊急事態の宣言が発せられた場合には、 何人も、法律の定めるところにより 、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる 国その他公の機関の指示に従わなければならない 。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、 最大限に尊重されなければならない

とあります。(筆者下線)


第99条3項の問題点

「何人も、法律の定めるところにより」… 「国その他公の機関の指示に 従わなければならない 」?

先の第98条1項の問題があるなかで、内閣総理大臣が「うわあ大変、こりゃ緊急事態だ!」と判断して緊急事態宣言を発した場合、わたしたち市民は従わなければならないって書かれてある。

これ、大問題!
憲法は、国家(国家権力)から、国民の権利や自由(基本的人権)を守るもの。国民は憲法の主体であって、国家が憲法の客体。

なのにこの99条3項の条文案は、国民を守るものではなく、国民に守らせるものになってる。憲法を守るべき対象を「国家」から「国民」に変えてる!
ヒトラー独裁を可能にした全権委任法(授権法)と同じ権力を国家(内閣)に与えることを否定できない。下部にもあるように、徴兵や強制労働も許されてしまう。

「第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない」とあるけれども、「(基本的人権を) 侵害されない 」とは書かれていない!
つまり、尊重はされたとしても、基本的人権の侵害は許されてしまう。


法律 」とは、国家権力による強制的な命令。
守ってもいいし、守らなくてもいい……ってものではなく、守らなければならないもの。守らなかったら罰せられるもの。

憲法 」とは、絶大な国家権力を縛るための命令。
国家権力は恐ろしいまでの巨大な力を持っている(命令ひとつで徴兵できたり、財産を奪ったりできる)から、暴走、横暴しないよう鎖で縛りつけておかないと大変なことになる、という思想によって誕生したのが今日の憲法。

その鎖を外しにかかっている。普遍的じゃないことを憲法に設けて、国民の権利や自由に制限をかけ、強制的な服従義務規定を記するのは大問題。

緊急事態条項の実態は「内閣独裁権条項」 と、憲法学者の木村草太さんは言われていますhttps://webronza.asahi.com/politics/articles/2022070200003.html


ちなみに:第14条、18条、19条、21条の現行憲法と改憲草案比較

ちなみに、緊急事態条項第99条3項に記されている第14条、第18条、第19条、第21条も、現行憲法から改憲草案は以下のように書き換えられています。

現行憲法のどこをどう変えたのかをまず知り、で、大事なのは、それがなぜ変えたのか! そこを考察することなんだって。
たとえば14条の場合なら、どうして「障害の有無」を入れたのか。どうして「いかなる特権も伴はない」は削除したのか、なんて具合で。

※守るべきところは箇所は青文字に、問題箇所は赤文字にしてあります。

現行憲法改憲草案
第14条〔平等原則〕
すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
2 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。
第14条〔法の下の平等〕
全て国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、障害の有無、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
2 華族その他の貴族の制度は、認めない。
3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。
第18条〔奴隷的拘束及び苦役の禁止〕
何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
第18条〔身体の拘束及び苦役からの自由〕
何人も、その意に反すると否とにかかわらず、社会的又は経済的関係において身体を拘束されない。
2 何人も、犯罪による処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
第19条〔思想及び良心の自由〕
思想及び良心の自由は、これを侵してはならない
第19条〔思想及び良心の自由〕
思想及び良心の自由は、保障する
第19条の2〔個人情報の不当取得の禁止等〕
何人も、個人に関する情報を不当に取得し、保有し、又は利用してはならない
第21条〔集会、結社及び表現の自由と通信秘密の保護〕
集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2 検問は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
第21条〔表現の自由〕
集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する。
2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。
3 検閲は、してはならない。通信の秘密は、侵してはならない
第21条の2〔国政上の行為に関する説明の責務〕
国は、国政上の行為につき国民に説明する責務を負う。



現行憲法の第18条は、徴兵制を否定する重要な条文です。
どんな人でも、いかなる(!) 奴隷的扱いも受けることはない。人間の尊厳に反する拘束や意に反する苦役そのような労働をさせられることは禁止。犯罪による処罰の場合を除いて。
徴兵制は「意に反する苦役」であり、違憲だと解釈されている。

ところが、改憲草案の第18条では、「いかなる」が消えてる!
でもって、社会的又は経済的になってる!
これだと 政治的や軍事的なら拘束や拷問は可能 という解釈が可能になってしまう。
徴兵制や強制労働が合憲と解釈できてしまう。


改憲草案の第21条2項、この条文も大大大・大問題です。
この21条2項は独裁政治を可能にしてしまう!

「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する」としていながら、「 公益及び公の秩序 を害する」表現や活動、結社は、認められない。要するに禁止にしている。

国家が望めば、権力を批判する言動もここに含めることができてしまう。「 公益及び公の秩序 」を、「時の内閣の利益」と「時の内閣にとっての秩序」と捉えることができてしまう。

たとえば政権が推し進めている政策にたいして抱いた疑問だったり、危険性だったりを、書籍や論文、ブログ、SNS等で書けなくなる……なんてこともありえてしまう。
その場合、それらの行為が禁止されるということは、それを読むことができなくなる。すなわち、「知る権利」をも奪われてしまう。


たとえば、草案の第18条はなんで文言が変わったんだろう? と思って、これまでみたいに(ネットで)調べてみて、自民党の『日本国憲法改正草案Q&A』しか出てこなかったら?

護憲派と改憲派、それぞれの意見に限らず、どんなことだって(「不登校」や学校教育にたいしてもそうで)、無知だったわたしなんかは、いろんなサイトや本、講演、議論、おしゃべり、etc……からいろんな意見や批判、問題を知った。

問題、批判、それらの過程や理論、背景を知ることで、だんだんと「考える」ができるようになってきた。
批判は民主主義にはなくてはならないもの。さまざまな側面から現状をみて、分析して、模索して、思考が発展していくことで、あらたな発見や寛かさも生まれてくるのだから。

「知る権利」を奪うことは、ひとを無学にする(アーレント曰くの無思想性を育ててしまう)。


内閣総理大臣もしくは内閣が「こうしよう!」と独裁で決定することができる、とは

内閣総理大臣もしくは内閣が「こうしよう!」と独裁で決定することができる、というのは、緊急事態条項 第99条1項 にあたります。

自民党憲法改正草案第99条1項では、緊急事態条項の具体的な効果を定めており、

緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、 内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができる ほか、 内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い 地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。

とあります。(筆者下線)


第99条1項の問題点

この緊急事態条項 第99条1項は、もはや独裁宣言!

内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができる とある。これは、国民の代表=国会を無視して、内閣だけで法律をつくることができるってこと。
内閣だけで国民の基本的人権を制限したり奪ったりもできちゃうってこと。しかも、政令を制定できる対象事項の範囲も期限も明記されていない!

内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い も、予算の審議を通さなくてよくなるから、国会の目が届かないなかで、首相の好きにできてしまう。必要な支出だっていうことにして軍事費だって好き放題使えるし、バラまけるし、足りなかったら税金だってかけ放題!

地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる も強力な権限。あの自治体の長は気に入らん、ってなったら、首相の独断で辞めさせられる。

ヒトラーの全権委任法(授権法)を真似た? ってぐらい似ていませんか。
これは、 立法権の簒奪(実権などを奪い取ること)で、独裁。民主主義が機能しなくなる。大大大問題!


って、いまに始まったことじゃなく、こどもに「日本は民主主義なの?」と聞かれたら、ためらいなく「そうだよ」とは自分は言えない。
行政(官僚)の裁量がものいう現状にへきえきして、政治が嫌いであること、政治に無関心であること、それが権力者や為政者の思いのままの政治の網に取り込まれている現実。

政治家のレベルは国民のレベルだろうから、為政者にとってこれほど楽な国民はない。ヒトラーは言うんですよね、「人々が思考しないことは、政府にとっては幸いだ」と。


緊急事態条項(国家緊急権)のその他問題点

緊急事態条項 第98条2項には「事前又は事後の国会の承認が要求される」とあります。
これだと事後承認でもよいことになり、その上、承認の期限が記されていないので何日でも放置できてしまいます。


緊急事態条項 第98条3項にある「百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに」って、どんだけ〜。
ヒトラーが如何にしても欲しかった全権委任法(授権法)は4年間の時限立法だったけど、ヒトラーは更新を繰り返し、最終的には無期限にした。
首相が権力をひとりじめできているわけだから、首相の独裁で法を定めてしまえるんですよね。


緊急事態条項 第99条2項の「事後に国会の承認を得なければならない。」も事後になってる。


緊急事態条項 第99条4項の「両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる」って、緊急事態を延長すれば、どれだけでも議員でいられるってこと?


緊急事態条項第98条と第99条には「法律の定めるところ」という文言が8回も出てきます。

ワイマール憲法の第48条5項でも、日本の緊急事態条項とおなじく 詳細は共和国の法律によって定める、と書かれているけれども、ワイマール共和国では内容は制定されないまま でした。

ナチスの「手口」と緊急事態条項(長谷部恭男著・石田勇治著)を読むと、法律に定めないことで、主権独裁がやりやすくなるのがわかります。
何が「公共の安全と秩序が著しく阻害ないし危機にさらされる場合」なのか、何が「必要な措置」なのか、はっきりさせないでいる、すなわち緊急権に制限をかけさせないために、むしろ意図的に放置していた……。

日本でも同じような手口を使われないとも限らないよな、と、疑心はつのる。


ワイマール憲法の穴だった緊急事態条項(48条)
ワイマール憲法の緊急事態条項(48条)の要件はザルだった。
ワイマール共和国において、ザルな緊急事態条項(48条)が濫用されていたことでヒトラー政権は誕生し、独裁制を布くためにヒトラー政権は緊急事態条項(48条)を悪用していきました。

それに学べば、自民党改憲草案の緊急事態条項(98条・99条)は、要件がザルなんですよね。肝心なところは法律にかえしているから、どれも曖昧で、ワイマール憲法48条のザルさを見本にしたよう。

あまりに曖昧な条文下での権力行使がどれほど危険か。すべての権力を内閣総理大臣もしくは内閣に集中させて立憲主義を損なうことがどれほど危険か。自民党草案では、内閣総理大臣もしくは内閣の権限濫用を防ぐことはできません。

ワイマール憲法を振り返ってみると

ヒトラーが全権委任法(授権法)を手に入れるまでの出来事に、《2月4日 「ドイツ国民を保護するための大統領緊急令」発令》がありました。
これについて、『ヒトラーの時代』(池内紀)にはこう書かれています。

表向きは政治目的の金銭・物品の寄付募集禁止など、政党活動の制限をうたったものだが、それは同時に、出版と言論に対する制限、デモ及び野外政治活動禁止など、七つの基本権停止を含んでいた。独裁制に向かって、ヒトラーがそっと踏み出した最初の一歩にあたる。
だが、副首相パーペンをはじめとして、「良識ある」閣僚の誰一人異議を唱えなかった。大統領令は「ドイツ国民を保護する」ことを掲げており、誰もがその必要を感じていたからだろう。(中略)それと抱き合わせに報道の自由の制限が、こともなく承認された。」 

『ヒトラーの時代 : ドイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのか』(池内紀)pp.38-39


「〜を保護する」「〜の保護のために」「〜を守るため」は耳触りがいいんでしょうね。

「民族と国家の保護のため」にと、ワイマール憲法48条2項には、

  • 「人身の自由」(114条)
  • 「住居の不可侵」(115条)
  • 「信書・郵便・電信電話の秘密」(117条)
  • 「言論の自由」(118条)
  • 「集会の権利」(123条)
  • 「結社の権利」(124条)
  • 「所有権の保障」(153条)

が記されています。

それらを停止する命令なのに、です。
「あなたのため」の正当化を見抜くのは難しい。


2月28日に発令された2つの大統領緊急令、 ドイツ民族と国家を保護するための大統領緊急令 《 ドイツ国民に対する裏切及び反逆的陰謀取締のための大統領緊急令は、前日の《 国会議事堂放火事件 》を受けてのものでした。

2月27日夜、ベルリンの国会議事堂が炎上します。ヒトラーはただちに共産主義者による国家転覆の陰謀だと断定。
そうして翌朝、緊急事態として出された「民族と国家の保護のための大統領緊急令」の命令は、ワイマール共和国の民主憲法の死を意味し、人身の自由(114条)、住居の不可侵(115条)、信書・電信・電話の秘密(117条)、言論の自由(118条)、集会の権利(123条)、結社の権利(124条)、所有権の保障(153条)一気に剥奪したのでした。

同日に発令された、もうひとつの「国民への裏切りと反逆的策動に対する大統領緊急令」は、左翼勢力にたいする全面的弾圧措置を正当化した政策の開始を意味し、共産党の活動は禁止され、共産党議員をはじめ、社会民主党員や公務員など何千もの左翼の活動家が逮捕、投獄されました(秋ごろには何十万人もの市民も収容所に入れられました)。

いまから考えると、ナチズムによる支配は、国民を立ち止まらせなかったことがわかります。日常を埋め尽くした魅惑は、立ち止まって考えることをさせず、ひたすら人びとを前方に向かって走らせたのでした。いま走るのをやめれば、せっかくここまで来たことが無意味になってしまう。いやそれどころか、もっと悪い状況になるかもしれない。——とにかく先へ先へとひたすら走り続けること。これが、カフカのネズミが走る方向を変えられなかった理由の一つでした。

『ヴァイマル憲法とヒトラー : 戦後民主主義からファシズムへ』(池田浩士)p.263

ナチスを支持した多くの人々が彼らの悪魔的性質を見誤っていたというのは事実であろう。ドイツ国民はたしかに権威服従的ではあったが、決してすべてが無法者を好んでいたわけではないからである。しかし彼らは目前の苦境に追われて、社会と人間の存立のために最も重要なものが何であるかを認識することを忘れた。そしてそれを破壊するものが民主主義の制度を悪用してその力を伸ばそうとする時には、あらゆる手段をもってそれと闘わねばならぬということを知らなかった。それがヒトラーを成功させた最大の原因である。

『ワイマル共和国 : ヒトラーを出現させたもの』(林健太郎)p.207


何冊もの本から、また実際にワイマールに行ってみて痛感したのは、民主主義を飾りにしてはいけないということ。民主主義は、民主主義を守る人々によって支えられているものなんだな、生きるものなんだな、ってことでした。

参考文献・資料

『ヴァイマール憲法 : 全体像と現実』(Ch・グズィ著/原田武夫訳)
『「ナチス憲法」一問一答 : ワイマール憲法の崩壊と日本国憲法のゆくえ』(礫川全次著)
『ヴァイマール共和史 : 民主主義の崩壊とナチスの台頭』(ハンス・モムゼン著/関口宏道訳)
『ワイマル共和国史 : 研究の現状』(E・コルプ著/柴田敬二訳)
『ドイツ人はなぜヒトラーを選んだのか : 民主主義が死ぬ日』(ベンジャミン・カーター・ヘット著/寺西のぶ子訳)
『ワイマル共和国 : ヒトラーを出現させたもの』(林健太郎著)
『ヴァイマル憲法とヒトラー : 戦後民主主義からファシズムへ』(池田浩士著)
『ヒトラー全記録 : 20645日の軌跡』(阿部良男著)
『ヒトラー : 虚像の独裁者』(芝健介著)
『ヒトラーとナチ・ドイツ』(石田勇治著)
『ヒトラーの時代 : ドイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのか』(池内紀著)
『ヒトラーの経済政策』(武田知弘著)
『ナチスの「手口」と緊急事態条項』(長谷部恭男・石田勇治著)
『憲法に緊急事態条項は必要か』(永井幸寿著)
『よくわかる緊急事態条項Q&A : いる? いらない? 憲法9条改正よりあぶない!?』(永井幸寿著・ぼうごなつこイラスト)
『〈対論〉緊急事態条項のために憲法を変えるのか』(小林節・永井幸寿著)
『檻の中のライオン』(楾大樹著)
『憲法 第七版』(芦部信喜著・高橋和之補訂)
『憲法問答』(橋下徹・木村草太著)
『現代政治の思想と行動』(丸山眞男著)
『憲法学の病』(篠田英朗著)


自民党憲法改正草案の緊急事態条項98条、99条の全文
https://storage.jimin.jp/pdf/news/policy/130250_1.pdf


ワイマール憲法
第48条 大統領独裁権(緊急事態条項)

第48条
1 ある州が共和国憲法ないし共和国法によって自らに課された義務を履行しない場合、共和国大統領は武力をもって当該州に対して同義務を履行するよう仕向けることができる。 
2 ドイツ共和国において公共の安全と秩序が著しく阻害ないし危機にさらされる場合、共和国大統領は公共の安全と秩序の回復のために必要な措置を執ることができ、必要な場合には武力をもって介入することができる。この目的のために共和国大統領は第114条、第115条、第117条、第118条、第123条、第124条及び第153条に定められた基本権の全体ないし一部を暫定的に停止することができる。
 共和国大統領は本条1項ないし2項によって採られたすべての措置について延滞無く共和国議会に報告しなければならない。こられの措置は共和国議会の要求に基づき停止することができる。
 急迫した危険がある場合、州政府は自らの州域について2項に記した種の暫定措置を講ずることができる。これらの措置は共和国大統領ないし共和国議会の要求に基づき停止することができる。
 本条の詳細は共和国法によって定める。

出典:ヴァイマール憲法 全体像と現実Ch・グズィ著,原田武夫訳 p.396

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