子どもが嘘をつくなら、親は権力を捨てよう

 

ammこんにちは、AI-am(アイアム)の星山まりんです。

子どもが親に嘘をつくのは、よくあることかもしれません。
でも、わたしは親に嘘をついたことがありません。
どういう親子関係なら、子どもは嘘をつかずにいられるのでしょうか。

嘘をつくほうが安全

わたし、 よっぴー(母親) に嘘をついたことがないな、と気がつきました。

この「嘘」は、「隠しごと」にまつわる嘘とか、そういうものです。

小さいころの空想とか空言とかではなく(これは必ずしも嘘ではないし、自分の幼少期の記憶もないのでわからない)。あと、気を引くための嘘とか。これもなかった。

なにかを隠すために嘘をつくのは、叱られたくないからだったり、嫌われたくないからだったりしますね。
それらが怖いという場合もあるし、めんどうという場合もある。

つまり、嘘をつくほうが安全、ということ。

単純な話、相手になにを言っても叱られない・怒られない・責められない・嫌われない、そういう関係ならば、べつに嘘をつく必要はないわけです。

 

嘘がつかれるのは親の権力がはたらいているとき

よくある隠しごとって、どんなのでしょう。

点数の悪かったテストとか、
学校に行きたくないときの仮病とか、
禁止されているけど隠れてやっているゲームとか?

誰と遊びに行ったとか、どんなサイトを見ているとか。

あの話はこの人と、この話はあの人と、と話によって相手を変えるなかに親がいるだけなら、たぶんそこに親の権力は働いていない。

友人などになら話せること、隠さずにいられることが、親には話せなくて、隠さないといけないというとき、そこには権力が働いています

 

親子は特別な他人

子どもが受けたテストの点数が悪いとき、親にどんな影響がありますか。

子どもが学校に行きたがらないとき、どんな問題が。

子どもがゲームをしていたら、どんなふうに困る?

 

親子は、血のつながった、特別な他人です。
あくまで他人。

親子関係に、家庭に、権力は必要ないとわたしは思っています。
嘘をついたことに怒るより、誰がその嘘をつかせたのか、考えるほうがいい。

権力がなくたって、敬意は育まれるものです(むしろ、権力がないから、敬意が育まれるというべき)。

 

ちなみに、わたしは嘘をついたことはないけど、気まぐれに「ないしょ」にすることはあります。
ちょっとひとりじめしていたい、うれしい出来事があったりすると、聞かれても「ないしょ」って言う。

隠していることを、隠しはしません(ないしょにすることなんて、他愛のないことばかりなのですが)。