『親子の手帖』(鳥羽和久/著)は、親が自分を知り、見るための本

ammこんにちは、AI-am(アイアム)星山まりん です。

2018年3月22日に発売になった『親子の手帖』(鳥羽和久/著)を読みました。

 

教育を選べないのは不自然だという考えが、わたしの中心のひとつにあります。

ただ選択するだけなら今もできるけど、どんな教育・学びを選ぶことにも、恐怖や不安、「逃げ」「甘え」といったようなレッテルがつきまとうことのない、社会的に自由な選択があるべきじゃないか、ということ。

もちろん、仕事やファッション、暮らしにだって、それぞれの価値観による優劣があって、それらを排除することはできませんが(排除する必要もないし)、とはいえ教育や学び、学校がそんな域まで辿りつけば、いくらかましなんじゃないかと、そう思っています。

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『親子の手帖』著者の鳥羽和久さんは、福岡市で「唐人町寺子屋」(http://tojinmachiterakoya.com)という学習塾をひらかれています。

塾とおなじ建物内に、おいしいものや雑貨を販売するショップ「とらきつね」があり、先日のトークライブもこちらで行われていました。

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学校へ行くこと、日々(科目的な)勉強をすること、といった点でこの『親子の手帖』を形づくっている生活環境は、わたしが親しんでいる生活とは異なっています。

けれど、それとは別の、生活環境よりもその根底を流れる空気とか、土質とか、そういうものにとても親近感があって、だからこそ違和感をいだいたり、距離を置くことなく、近しい気持ちで読むことができました。

親は自分に自信がない

読んでいてまず思ったこと、というより知ったことのひとつは、親というものはそんなにも、親である自分自身に自信がなかったり、(意識的、あるいは無意識的に)自分を責めていたりするんだな、ということでした。

うん、でもたしかに、程度の差はあれ、それが一般的なんでしょう。

「現在の自分自身に自信がないから、それを子に投影させている」(p.21)

「例えば、子どもが重要な選択をしようとするときに、子どもだけでなく、実は自分のほうでもどう選択すればよいかわからない、自信がない、そういったときに、自分自身に迷いがあるから、子どもに「自分で選びなさい」とその選択を押し付け、その責任を子どもに負わせようとする場合がこれに当たります。」(p.76)

物事をどう捉えているかによって、現状に不安が生まれたり、生まれなかったりする。

たとえば、「子どもの育ち」と「親の役割」を、どう捉えているか。

 

親の「不安」も「安心」も子どもに伝わっていく

子どもは生まれる場所を選ぶという言い方もありますが、いずれにせよ、別の親のもとへ生まれなおすことはできません(基本的に)。

そして子どもは、親や家庭、生活環境、生まれてきたときすでに周りにあるものの影響を、当然、つよく受けます。親が選んだものに、子どもは抗えない。はじめのうちは。

 

たとえば、わたしや よっぴーデモクラティックスクール(サドベリースクール)にある教育や、それによる子育て観がいいなと思うけど、それでなければすべての子どもが健全に育たないなんていうことは、もちろんありえません。

わたしたちにとってそれが「いい」のは、それが「好き」だからで、それに対して不安や心配がないからです。

多くのひとたちから「いい」と言われる教育でも、自分が不安や心配を抱くなら、子どもにとって(親にとっても)「いい」教育とは言いがたい。

どんなふうに、どんな考えで子どもと接していたって、不安や心配があるなら、その感情は子どもにはっきりと伝わっていく。
だから、どの教育がトクだとか、どういう子育て法が効果的だとか、そういうのはほんとうに、あてにならない。

 

親が自分を知る、見る本

塾という形、あるいは保育園、学校、フリースクール、オルタナティブスクール等々、なんらかの場で多くの子どもと接することは、「多様性」みたいなことを口にするだけでは見えないものを見る機会になる。

それはたぶん、すごく重要なことです。気候も言語も文化も異なるさまざまな街町を知るように。

子どもにとっても、親、親戚などのおとな以外と接する機会が少なくなっています。そういう育ちかたが、主流になっている。
地域内でも地域外でも、大小問わずどんなものであれ、コミュニティが必要なんだなと、実感します。

 

この本は、問題を解決する方法を知るための本ではありません(と、わたしは受け取っています)。

親自身が自分を知る(見る)本であって、その足がかりになったり、知っていく・考えていく空間の灯台、あかりの灯る民家、そういう存在。

ひとは親になると、つよくなるんだろうか? よわくなるんだろうか?
もちろん、こういうことはみんな球体でできていて、どちらと一概にいえるわけではないけど、そんなことを考えています。

鳥羽和久さんと・とらきつねにて
鳥羽和久さんと・とらきつねにて

 

今日の本

親子の手帖 / 鳥羽和久

現代のたよりない親子たちが、幸せを見つけるための教科書。

『親子の手帖』で描かれているのは現代の親子のリアルな姿。
寺子屋の中心人物である著者は、内容について「すべてフィクション」と語りますが、そこには、身を粉にして一心に親と子に寄り添ってきた人にしか書けない、親子の真実が切々と綴られています。

だから、読む人が子育て中の親の場合には、この本と向き合うために少しの覚悟が必要でしょう。なぜなら親の現実をえぐる内容が続きますから。

でも、それは決して親を責めるために書かれたのではなく、子どもの幸福のために、さらに、かつて子どもだった、いま毎日を懸命に生きる親のために書かれたもので、著者の徹底した(上目線でない)横目線からは、親と子への深い愛情が感じられます。

話題は子育てにとどまらず、現代のさまざまな課題(たとえば障害者問題など)にアプローチしていますので、親ではない大人にもおすすめいたします。

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