こんにちは、
AI-am(アイアム)の
よっぴー です。
大好きなコートにシミをつけちゃったものだから、クリーニングに出そうと、いろんなクリーニング屋さんを調べていました。
信頼できるところはどこだろう? と、地元にかぎらず、(郵送できるのだから)日本国内、どこがいいかなあって調べていたら、
あるクリーニング店のサイトで、「へーー」と思ったことがありました。
「(母)親業」と「クリーニング業」はおなじだったんです。
いわゆる “親の仕事” というものがあるとすれば、それとクリーニングの仕事はまったく一緒なんだな、と思ったのでした。
観察力
そのクリーニング店は、「電話やメールで、シミぬき料はいくらです、作業時間もこれくらいかかります、は言えません」と書いていました。
現物を見なければわからない、まずは「観察する」ことだ、と。
このシミなら、あの薬と、あの薬を、あれぐらいの濃度で調合すると、最もシミの反応がいいかもな。いや、あーかな、こーかな、、
部分シミ抜きだけでいいのか、、
全体処理でシミを薄くしながらの、部分シミ抜きがいいのか、、
全体処理とシミ抜きを併用する作業は、1回でいいのか、、
それとも洗浄力を換えながら、何度も繰り返す必要があるのか、、
そういったことを知るには、まずは現物を観なくちゃ始まらない。
だから、状態を観る「観察力」が必要です。
判断力
次に必要なのは「判断力」だ、と書いてありました。
「シミ抜き」への向き合い方は、クリーニング店によって異なり、それがお店の特徴として表れるのでしょう。
(クリーニング屋さんのサイトには、上の図を照らして店主の「シミ抜き」への考えが載っていて)
「判断力」のこの時点でやっと、シミを抜く方法とともに、料金や時間をおおよそ伝えられる、と書かれていました。
○○の染みだから□□なやり方だろうとか、△△ブランドの素材だから◇◇だろう、といった判断はできないのです。
一見すれば同じようなシミでも、全部同じ作業をするわけではありません。
生地の状態やシミの反応が同じではないからです。
この「シミ抜き」への向き合い方は、
「こども」への向き合い方と、おんなじなんですよね。
技術力
シミが落ちないなら、どんどんシミ抜きをキツクするだけなんだけど、
キツクすることで、生地への負担も増し、リスクも高くなってしまいます。
とにかく「観察」。
「判断」。
次にやっと、「技術」。
それをいかしていくために必要なのが「知識」。
一つひとつ、じっくりと観察することからはじまる「シミ抜き」は、あらゆる要素が複雑に絡み合う高度なスキル。
だから、この4つの能力が一貫してやっと、お客様に、お客様が望んだものを渡すことができる。
ほんまに、物事すべてこうだ! と思いました。
子育ても、そう。
この 4つの能力が一貫して やっと、こどもに、こどもが望んだものを渡すことができる。
こどもを愛するにも、技術は必要です。
愛するは技術。
誰にでもできる。みんなわが子を愛しているんだもん。
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だからこそ、その「技術」のために必須なのは、観察力。そして 判断力 です。
こどもに「ごはん、いらない」と言われても、その日その時で背景も情況も異なるし、
「学校、いきたくない」も、その対応はマニュアル化できるものではないから、かけることば(技術)もひとつきりではないんですよね。
知識力
それから、クリーニング店のサイトには、素人はすぐに漂白剤で落とそうとする、とも書かれてありました。
4番目でやっと必要になる「知識力」って、つい ものごとの1番目に置いてしまいがちなんですよね。中途半端に邪魔をして、“知ってるつもり” になってしまう。
そうなると、本来1番目に必要なはずの「観察」がなくなってしまいます。
でもって、さらにやってしまいがちなのが、その “知ってるつもり” の知識を、こどもにおくってしまうこと。
つい先日も、こんな光景と出くわしました。
スーパーボールすくいをしているこどもさんが、ぜんぜんすくえなくって、すっごく悔しがっていたんですね。
だけど、だから、その子は、となりですくっている人のすくいかたをじぃっと観察しだしたそのとき、
横から、親さんが「こうしたらもっとすくえるよ」と言われたんです。
こういうのって、あるあるじゃないですか。
『子どもの学びを遮らないとはどういうことか?』の記事でも書いたように、わたしもしちゃっています。 1の「観察」も、2の「判断」、3の「技術」もぜんぶ奪ってしまってるんですよね。
でもって、指示や提案をしたあと、その通りにしないと腹をたてちゃったりね。
こ〜かな、あ〜かな考えて、そこから行動する。そんな 自分を軸とした経験 を奪われて、他人軸の知識を与えられ、、、すり込まれ、、、ときに押しつけられたり、、、で、わたしたちは今日にいたっているわけだけど、
『不登校になって伸びた7つの能力』でも書いたように、知恵がさきで、知識はあと だとわたしはおもっているんですね。
「知っている」と「した(している)」は、まったく違います。知識は、経験が伴わないと、薄っぺらいものです。
4つの能力と1つの決心
たとえば、こどもがずっとゲームばっかりしているんです…… というときも、まずはよーく観察したらいいね。
[box class=”yellow_box” title=”4つの能力” type=”simple”]
- 観察力
- 判断力
- 技術力
- 知識力
[/box]
この4つの能力がひとつの一連となって、くるくる螺旋階段のように向上して、経験を積んでいくんですね。
今回出会ったクリーニング店では、お客さんが「汚れはもういい、生地を守りたい」と言えば、服を返すとのことでした。
クリーニング屋さんにとっては、「もうちょっと強い薬を使ってキレイにしたほうがいいのに」と思うこともあるでしょう。
けれど、「とにかくこのシミを消してほしい!」なら、そのために生地が傷んでもかまわないのか、
そこまで生地が傷むなら、キレイさよりも生地を守りたいのか、、、
自分(客)はなにを一番大切としているか、
それはクリーニング屋さんではなく、わたし(客)が決めること。
「わたしはなにを望んでいるのか」「なにを一番大切にしたいのか」をまずは自分がはっきりさせないといけない。
それもまた、(母)親とおなじだね。