親がこどもに教えてあげられることはひとつだけ




amam
こんにちは、

AI-am(アイアム)のよっぴー、まりんです。

 

こどもには、どんな暴力も振るいたくないし、慣れてほしくないし、慣れさせてはいけないですね。

だけど親は、暴力(的な言動)で物事を片づけようとします。めんどくさいから。

そうしたら、こどもはなにを学ぶの?

 

親がこどもに教えられることがあるなら、

こどもと入るおふろの頃に、親は肩までしっかり湯につかって大きな声で「10」を数えているその横で、こどもは鼻歌まじりにシャワーをあびていていいってこと。おふろは楽しいってこと。

食べてなくなったチョコレートパフェの器を、こどもの前でなめていいってこと。



おしゃべりがくれるもの

きのう、ふたりであれこれとおしゃべりしていました。食べたいもののこと、ジャーナリズムのこと、貧困のこと、傘ってみんなで使い回せるようにあちこちに置いたらええやんなーってこと、などなど。

やがて、(以前行った旧ユーゴスラビアの紛争に関する記事をよっぴーが書いているところだったので)「戦争なんかじゃなく、話し合って解決せなあかんでな」という手垢のついた話題に。

そして、話し合いではなく暴力で解決する強者、という図は家庭にも当てはまるよね、という話へ流れていきました。

 

めんどくさがって権力と暴力に頼れば、おしゃべりもヨコの関係も続かない

国間では、文化や経済をはじめ、事情の差異が多く、すり合わせなければならない都合にあふれています。

公の学校でも、現状のシステム下では、クラス全員で話を一致させるのは困難なことです。 サドベリースクール のように、誰もが同じ民主的やりかた・方針を共有し、納得していてはじめて実践できることですよね。

 

この点では、家庭は国や学校と同じではありません。

多くの家庭は、家族は家族に対して愛情をもち、相手の性格や事情などもよく理解していて、家計も同じで、幸不幸も損得も、ともにするもの。

それなのに 親は、暴力(的な言動)で物事を片づけよう とします。めんどくさいから。

 

そりゃ、めんどくさいですよね。暴力を用いればほんの数秒で片づくことが、丁寧な会話を用いれば(少なくとも一度めは)数分、数時間かかることだってある。

でも、めんどくさがって権力と暴力に頼ればどうなるかを、歴史は語っています。人間はどうしたってめんどくさがる生き物なのだとしても、それじゃ「わたしたち」を生きる ことはできないんだと、歴史は言う。

 

スモールステップに隠れている「させる」病

暴力というのは、なにも実際に殴ったり叩いたり、大声で怒鳴りつけるばかりじゃありません。

 

たとえば、不登校をしはじめて間もない子どもの親がいう、「先生がこんなふうに学校へ誘ってくる」という話。

保健室登校、放課後登校、あるいは3時間目だけ、などなど。

それでしょうがないから行ってみたら(ホントはしょうがなくないんですが)、4時間目も受けてみない? とか、来週も来てみてね、とか、ちょっとずつ学校に戻させようとするんです、と。

親はそれをすごくいやなやりかたのように話すんだけど、親もまた同じことを家庭でやっている、ということがよくあります。

 

本人がやりたい事柄に対してなら、スモールステップのような方法ももちろん活用すればいいですけど、こどもの場合は、「嫌い/苦手かつ、やりたくないこと」を少しずつ努力させる、という場面が多いですよね。

 

水に慣れさせるため、洗面器に3秒顔をつけて、できたら今度は5秒…とか、

嫌いな食べものをなんとか食べさせて、食べられたらもう一口だけ、とか。

 

あるいは、あと一問だけ解けば終わるプリントをこどもが投げ出したら、親はきっと「あともうちょっとだから頑張ろうよ」と言うでしょう。こどもは、もうやりたくないのに。

もう歩きたくないこどもに、あの信号まで歩こうね、とか、とか。

 

日常のなかに、そんな場面は山ほど(本当に、山ほど!)あります。

その山ほどの言動を、こどもたちは毎日受け取っています。

 

その人に「あなたのため」ができるのはどうしてか?

けれど親は、国や学校と同じように暴力を振りかざしているなんて、思いもしません。

すべて、こどものためを思ってのこと。先生だって、生徒のためを思ってやっていると言います。戦勝国だって。

こういった「あなたのため」ができるのは、タテのとき。

 

こどもには、どんな暴力も振るいたくないし、慣れてほしくないし、慣れさせてはいけません。

戦争を知ることで平和を大切にできるようになるとしても、平和の大切さを教えるために戦争を経験させる必要なんて、絶対にないんだし。

 

そうしていくつもの家族が集まったのが社会なのだからこそ…

国や会社や学校が、めんどくさいことに丁寧に取り組むには、変えなければいけないものが多すぎる。少なくとも、今日明日で実現することではありません(だから現状のままでいいということはありませんが)。

でも、家庭は、いますぐ変えていくことができる んです。家庭では、めんどくさいことを簡単に片づけたりせずに、親とこどもがヨコの関係になって、平和にやっていきたい。

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親がこどもに、態度や空気で教えられることがあるなら、それは、お箸の正しい持ち方でも、好き嫌いなく食べることでもなく、ごはんおいしいね、ってこと。

疲れてもがんばって歩くことでもなく、疲れたら休むってこと。

生きてるのって楽しいね、ってこと。

 

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