高認の勉強のやり方がわからないときの考え方と、集中力について




am3こんにちは。

AI-am(アイアム)
星山 海琳 です。

 

高認の勉強がわからない、とご質問をいただきました。そんなときのやり方・考え方と、集中力というものについて。

高認試験では、「わかる」は必要ありません。必要なのは、「正解を選ぶことができる知識」です。



「小学校の勉強から短期間で高卒認定に合格したのは本当ですか?」

高校一年生の方から、高卒認定試験について、こんなご質問をいただきました。

私は、高校1年生です。
小学生4、6年、中1で不登校になり、中学2、3年の時不登校の子が通う中学に通い、今年の春卒業しました。
今は、高校には通わず高卒認定試験を受けるために勉強を始めたところです。そして早速、いき詰まってるところです(–;)

何故、高認をとりたいかというと大学に行きたいからです。何となくなのですが、大学に行って何かやりたい事が見つかればいいなと思っています。
私は勉強を今まで全くやろうとしなかったのですが、第一の目標として高卒認定を取る事に決めました。

早速、7月から四谷学院の高卒認定試験講座(通信)という所に入りました。ここ何日か三日坊主ならないように自分なりに頑張っていたのですが問題が何を言っているのか全く分からずで……
教材も買ってしまったし逃げちゃダメだ!と高卒認定についてネットで調べていたところ、小学校の勉強からスタートして高卒認定を短期間で受験、合格されたという記事を拝見しました。

正直嘘だ、そんな短期間でできるはずないと思ったのですが、どうしても気になって連絡させていただきました。
失礼なことをお聞きしますが、本当なのでしょうか…?
私自身、高認を甘く見ていたので問題を見てかなりショックを受けました…(-_-;)

これからどうしたらいいのか、不安で仕方ありません。出来れば今年の11月の試験で認定を取りたいのですが、残り4ヶ月ないので半分諦めかけています。
希望は、独学で勉強するのが気楽でいいのですがやっぱり難しいのでしょうか…

こんなことお聞きするのも変ですが、どうすればいいのかアドバイス頂けたらと思います。よろしくお願い致します。

 

ご質問ありがとうございます!

ひとまず「“小学校の勉強からスタートして高卒認定を短期間で受験、合格” は本当か」どうかについては、本当です。ブログにも本にも、一切ウソはありません。

 

わたしは小・中・高に通わず17歳まで、科目勉強というものを(小学校一年生のごく初期以降はまったく)せずに過ごしてきました

学校には行かなくても家では勉強をしていた、なんてこともなくて、四則計算は一桁の足し算・引き算ならなんとか、九九は「ににんがし」だけ、主語もbe動詞もなんのことだかさっぱり、くらいのものです。

そこから約2ヶ月半の期間で勉強して、高認試験の全8科目(当時)に合格しました。

 

そういうわけで、わたしは科目勉強に関しては経験が浅くて、「こうすれば勉強がうまくいく」と言えるようなことは知らないんです。ノウハウもありません。

実際、変わった勉強をしたわけでもなくて、過去問を軸に、高認向きの教材を用いて、正解を選べるように知識を仕入れる……というだけ。多くの方と同じことをやっています。たぶん、あなたとも!

そんなことを踏まえたうえで、思うことを書きますね。わたしが解決することはできませんが、参考になればうれしいです。

 

そもそも、高認を受けようとされる方のほとんどは、わたしよりも基礎知識があるはずです。テスト用紙に名前を書いたこともなかったようなわたしよりもずっと。

それなのに高認の勉強がうまくいかない、という人に必要なものについて考えること。

 

高認試験に必要なのは「正解を選ぶことができる知識」

「問題の意味からしてさっぱりわからん!」というときに必要なのは説明や解説であって、それにふさわしい記述や先生だと思うので、自分の環境に合わせてそれらを手に入れるしかありません(実際に講座を受けているなら、そこで質問することもできる? のかな?)。

わからない問題をじっと見つめていても、わかるようになることはないし。

 

それで考えるのは、「わかる」ってなにか、ってことです。

学校やそれに準ずる学習では「わかる」「わからない」という表現が用いられますが、高認程度の試験に必要なのは「正解を選ぶことができる知識」です。

 

高認「程度」と書いたのはつまり、「わかる」を必要としないってこと(そもそも学校は「わかる」ような授業をしているとは思いませんが、それはまた別の話)。

もちろん科目によって多少の違いはあって、数学などは「答えだけ出す」というわけにもいきません。

そういう場合はある程度、順序を踏んで「わかる」をしないといけないけれども、それ以外の科目はたいてい「答えだけ出せればいい」わけです。

 

過去問を例に答え方を考える

たとえば世界史の場合。平成30年度の過去問を例に見てみます。

リード文を読む必要さえない問題

 

 

これに正解するためには「高橋さんと富野さん」のやりとりなんかどうでもよくて、この会話を理解する必要も、読む必要さえ一切なくて、必要なのはただ「ペストはだいたいそれぐらいの時期に流行したらしい」くらいの知識です。

あるいは消去法で、正確な時代はわからなくてもいいから、「ゲルマン人の大移動が14世紀なわけないだろ、14世紀に世界恐慌に陥るほどの株社会があるかいな」程度の考えを巡らせられること。

「ジャガイモ飢饉ってもっと後世でしょ」まで考えられれば万々歳で、じゅうぶん答えを出すことができます。

 

知識をまったく必要としない問題

なんなら、知識をまったく必要としない出題もあります。

 

これなんて、「読めば答えが書いてある」レベルじゃないですか。

理解はもちろん、知識がなくても答えることができます(現代社会科目でも、こういった読めさえすれば答えられるような設問は多いです)。

 

理解するのは遠回り

「高認の勉強法」なんて調べてみると、世界史は「流れ」や「なにがどうなってこうなったか」を理解するのが大切だ、とか言われますけど、それは「世界史を学ぶ」ときに必要なのであって、短期間で高認の合格点を取るだけなら、むしろ遠回りです。

それじゃあ世界史を理解したことにはならない、点数が取れただけ、と思うかもしれないけど、高認に合格することが目的ならそれでいい、というのがわたしの考えです。

 

実際、ほんとうに世界史(ほかのどんな分野でも)を学ぶなら、理解するなら、1年でも2年でも足りるわけがありません。それは合格したあとにでもやればいいし。

大学でどんな分野を専攻をされるのかわからないけれど、まだ2年以上あるわけだし、大学での勉強に必要なものがあるならいまからじっくりやればいい。ましてや一生縁のないような科目なら、高認レベルで十分すぎるくらいです。

なんにせよ、とりあえず高認資格を得ないとはじまらないわけで、自分が理解したい「勉強」と高認に受かるための「勉強」は、分けて考えたほうが手っ取り早いと思います。

 

勉強は、いかに没入できるか

そしてわたしが実感するのは、勉強はいかに没入できるかだということです。

それは科目勉強だけじゃなく、どんなことを学ぶのでも同じで。

読書をしていても、なかなか入り込めないときもあれば、徹夜で読みふけってしまうときもある。夢中でドラマを一気観することもあれば、なんとなくめんどくさくて観る気が起こらないってこともあります。

 

「集中力の高い人」という表現もありますけど、集中力は対象とタイミングによって加減の変わるものです。なんにでもどんなときでも集中できる人、はいません

「勉強に没入しないから集中力が低い人」なんじゃなく、勉強に対しては集中できないだけ。

「絵を描くことにかけては寝食を忘れるくらい没入する人」は、集中力が高い人じゃなく、絵を描くことに対しては集中できる人、ってだけですよね。

いずれも、「わたし」と「それ」との関係の問題です。

 

だから、面白くて気分が合えば勝手にのめりこむし、面白くなかったり気分が合わなければすぐ眠たくなったり疲れたりする。

意図的に用意できるのはせいぜい、集中しやすい環境やルーティンくらいのものです。それを把握しておくのは、もちろん役に立つことだと思います。

 

固い決心に切り替えるためには

いただいた質問のような状況の場合、わたしだったら「気持ちはあるんだけどエンジンかからないなー」ってだらだらしちゃいますね。

4ヶ月は緊張感を保つには長いし(もうちょっとギリギリになったら焦ってやれるかも)、大学受験まであと5回くらいチャンスがあるし、うーん、まあ、まあ……って。

 

締め切りがあるから完成する、みたいな感じですよね。夏休みの宿題をちゃっちゃと終わらせるようなタイプだとまた違うのかもしれないけど、わたしみたいに怠惰なタイプには、これを固い決心に切り替えるのはなかなか大変なことです。

そういうときは身近な誰かにハッパをかけてもらったりするのが、一番いいんじゃないかと思います。

もちろん、そもそもまったくやりたくないこと、自発的な目的や目標じゃなく押しつけられたものなら、チューニングを合わせようとすること自体が間違いなんですが。

 

大学へ行くことや高認資格を得ること自体が「いい」わけじゃない

この質問をいただいたときに、ブログで書きますね、とお返事をしたんですが、最後に「応援しています」と書こうとして、迷って、やめました。

応援って、なにを応援するんでしょう。「がんばって」という言葉も似た響きがあると思うんだけれど、応援している、とだけ書いたら、ふつうは、試験に受かることだったり、勉強がはかどることだったり、を見据えて応援している、と受け取られてしまう

 

わたしは、人が苦しんだり悩んだりしているところよりも、喜んでいるところやすっきりしているところを見るほうがうれしいし気持ちがいいけど、それはどんな状況に喜んでいるかとは、関係がなくて

 

目標を達成していてももちろんいいし、高認も大学受験もやーめた、っていうのもいいし、不合格だったからもういいや/また来年、ていうのもいいし、飛び級で留学することにしても、職人業に弟子入りしても世捨て人になっても、なーんでもいいんです。

だって、そのひとは大学へ行きたくて高認資格を得ようとしている、それがやりたくてやっているのがいいんであって、大学へ行くことや高認資格を得ること自体が「いい」わけじゃありません。やりはじめたからにはやめられない、なんていうほど馬鹿らしいことはないし。

あなたの毎日がいつでもあなたのものでありますように、と願っています。

 

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