子どもの気持ちは、どうすれば「聞ける」んだろう? ー 「訊く」と「聞こえてくる」について




こんにちは、AI-am(アイアム)星山海琳 です。

子どものことは子どもが知っているから本人に聞けばわかる、子どもの考えや気持ちを尊重する、と、わたしたちはよく言います。でも、子どもの気持ちって、どうすれば「聞ける」んでしょうか。

子どものことを子どもに聞くというのは、「(親が)訊く」行為のことではありません。
「訊く」で自己完結せず、子どもの「本当」が聞こえる関係であろうとするときに、積もり積もったねじれをほどいていくことができるのだと思います。



あなたから「あなたのこと」を教えてもらうのは難しい

子どものことは子どもに聞けばわかる、子どもの考えや気持ちを尊重する、というけれど、子どもの気持ちって、どうやったら「聞ける」んでしょう。

人が本当に「あるがまま」に自己主張をするのは赤ちゃんのころだけで、2歳にもなればすでに周りが見えているし、いろんな考えを巡らせるわけですよね(その内容がたとえば16歳のときとは違っているにせよ、行為自体は同じことです)。

親に見せる顔、友だちに見せる顔、親戚に見せる顔、先生に見せる顔、選ぶ言葉に会話の中身、当然すべてが違っていて、それは年齢が重なっていくほど顕著です。
けれど、すべてがその子の一面のひとつであると同時に、その子の選択や気持ちには確かに、「本当」もあるんですよね。

いずれか一面が「本当」で、あとの面はすべて偽りだというのではなくて、誰とも関わりのない、あるいは全部の関わりをまとめて抱き込んだ、「わたしのこと」というのがあります。
それが「本当」だとすれば、家庭が、親が、その子にとってわざわざ洋服を着なくてもいい場所でないと、親と子がその関係にないと、その「本当」を知ることはできません。

「子どものことは子どもが知っている」とわたしたちは言うし、それが正しいと思っていますが、「聞けばわかること」である一方で、実際に「あなた」から「あなたのこと」を教えてもらうのは、すごく難しいことだとも思います。

 

一筋縄でよかったはずのものがこじれたら

わたしは親ではないから、実際の親の立場として言えることはひとつもありません。けれど子どもの立場と、人・あるいは人対人としての道理と、想像と、よっぴーとの日々の談話から、いろいろと思うことはあります。

それをふまえてみても、「わたしのこと」を教えられる「あなた」が親であること、「あなたのこと」を教えてもらえる親であることは、親子の成り立ちからいえば自然なようでありながら、世の中を見渡せばちっとも一般的ではない。

それは、もともと一筋縄ではいかない事柄だからというより、一筋縄でよかったはずのものを、こじれさせてしまったからだと思うのです。

 

子どもは家庭では「本当」でいなければいけない、親に見せるのがよそ行きの洋服を着た姿であってはいけない、というのはお門違いです。

そうではなく、子どもにわざわざ(自分のホームであるはずの)家でまで、親にまで、なにかしら取り繕うような面倒で気の重いことをさせずにすむ関係を、親が築いていくことだと思うんですよね(抽象的ですけど、「ありかた」が抽象的であるのは当然で、「毎日絵本の読み聞かせをする」「食べ物はすべて手作りで」みたいに具体的かつ固定的な労働が取りこぼすものは重大だと思います)。

そのうえで、年齢が重なっていくごとに、子どもは親には見せない一面を増やしていくし、その部分に踏み込まれそうになれば拒みもする。
それじゃそこに「本当」はない、ってことでは全然ないですよ。いうまでもなく「本当」は、なにもかも洗いざらい見せて秘密を持たずにすべて共有しろというような、束縛めいたものでもありません。

子どものことを子どもに聞くというのは、「(親が)訊く」行為のことじゃないんですよね。

 

親が「訊く」をするとき

訊くのは、知るためです。

だから、訊いてなにか返事があればそれで目的が達成されるのではなくて、子どもの(そのときの)「本当」を知ってはじめて、「子どものことが聞けた」に届く。
なにか返事をくれたとしても、それが「本当」でないのなら親が訊いただけにすぎないし、子どものほうからすれば「話した」のではなく「答えた」にすぎません。

一筋縄でよかったものをこじれさせるのが権力の誘惑と、社会に積もり積もった子ども軽視なら、それらを手放すのは大変な苦労のいることです。

「子どものことは子どもに聞けばわかる」なんて当たり前のことだけど、それが当たり前でないのが現状。なぜかといえば、それは、親が「訊く」をするからです。

子どもから「聞く」ことに理由はないけれど、(親ではなく、子どもの生活にまつわることだと理解していながら)親の「訊く」にはいつだって偏った理由があるんですよね。

 

「聞こえてくる」平らな場所へ向かって

親の偏りを簡単に見抜く子どもが、こじれた関係の中で、どうやって「わたしのこと」をパッケージすることなく伝えられるんでしょう。なかなかありえません、そんなこと(誰もが誰かとの関わりのあいだで身に覚えがあるかもしれません)。

たとえば不登校をしているときの学校との付き合いに関すること、義務教育期間を終えてからの進路のこと、友だちのこと、健康的な生活リズムのこと。
そのほかなんでも、なにをどう思い考えているか、子どもが親の手を借りずにできることはすべて子どもの状態や「聞こえてくること」が真実であって、「訊く」をして「答え」を引き出しても、納得するのは親だけです。

子どものことは子どもに聞けばわかる、子どもの考えや気持ちを尊重するっていうのは、(それが子どものことであるならば)結局のところ「なんにも訊かない」ってことなんですよね。

子どもの気持ちの全貌を手に入れたい欲求や、子どもの思いを「聞ける」自分であることへの願望、子どもの言葉を証拠にしたい欲望、それらを認識して距離を置いていくときに、ほどくべきねじれも見えてくる。

見えるからこそまた苦悩もするのだけど、それはそれで大切なこととして、「聞こえてくる」平らな場所の心地よさは確かなものだと、今もわたしは思います。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

1996年生まれ、25歳。小・中・高へ通わず、デモクラティックスクールで育ち、一切の勉強もしてきませんでした。 17歳のとき、2ヶ月半で高卒認定試験に合格し、現役で大学へ入学。