こんにちは、ヨシダノです。
明日、学校に行きたくない! 学校を休みたい! 学校サボりたい! と思っている小学生や中学生、高校生のあなたへ。
学校に行きたくなかったから小・中・高へ行かなかったぼくから、今回は 正しい不登校の在り方 である「普通」をテーマに書いています。
普通とは何を基準に普通なのか
普通を辞書で引くと「珍しくないこと、一般的」と書いてあります。
その他大勢と変わりない状態が、いわゆる普通と呼ばれる対象になるのだと思います。
しかし何処にも、正しいとは書いていません。
正しいを辞書で引くと、「物事のあるべき姿を考え、合致しているさま」と書いてあります。
つまり合致していれば、普通でなくても正しいのです。
普通=正しいという錯覚
普通であることが、正しいとされることが多くあります。
普通に学校に通い、普通に就活をして、普通に入社する。この行動を取っていて、一般的に咎められることは恐らくないでしょう。
学校に行かない、就活をしない、新卒で入社しない。これらは普通・一般的ではない為に、正しくないと定義されることが多いはずです。
しかし普通と正しいが=では無いのは上記の通りで、この時点で矛盾が発生しています。
自分が正しいと思った選択をする
人間が死んだ後はどうなるのか、生きてる人間は誰も答えを知りません。
天国や地獄があるのか、輪廻転生があるのか。
分かっていれば対応も変わってきますが、分からない以上は人生は一度きりという前提で、生活を行う必要があります。
人生は他の誰のものでもなく、自分自身に与えられた有限の時間 です。
他の人達はそうしてるから違う考え方は間違ってるではなく、まずは自分がどうしたいのか考えてみて下さい。
その結果として 学校が単に嫌だから とか、 学校に行けと言ってくる親が嫌 で行きたくないとか、 時間が勿体無いから とか、どんな理由でも行かないのは良しです。
自分が出した答えが間違っていないと思ったのなら、それを最初は虚構の自信でも構いません、貫いてみて下さい。
それでも自然と見合った環境は付いてきます。いつの間にか本当の自信にもなってきます。
ガラパゴス国家
普通、正しい、常識。日本におけるこのことがいずれも ガラパゴスな考え方 であると、認識する必要があります。
ガラパゴスとは日本独自の規格(考え方)が進行しすぎた結果、世界の流れから置いていかれる現象ですが、分かりやすい所でいえばスマホに対してのガラケーがそうなります。
思考や価値観においてもガラパゴス化は進んでおり、例えば社会人が休むのを悪とする風潮がこの国にはありますが、海外では数ヶ月単位の長期休暇も有給消化も当たり前です。
自分を形成する時間や、世界を見て知り視野を広げる時間 が与えられています。
一方日本でその時間が与えられるのは、定年後か大学生の間のわずかな時間ぐらいだと思いますが、
大学も就職を有利にする為の手札になっていて、若い頃に与えられた唯一の自由時間という認識になってる時点で本末転倒です。
ガラパゴス化している日本においては、自分から時間を作り出さないと世界を知ることも知識を得ることさえ出来ないまま、与えられた時間を消費していくことになります。
考え方においても昔はこれで上手くいってたから、学校に行くのが当たり前だから、学校に行かないと人生ダメになるから、という様な時代錯誤な社会で生きていく結果になっていきます。
学校に行ってなくても成功してる人は沢山います。
そして何をもって成功とするのかも、人それぞれです。
大切なのは自分自身が納得しているかどうかであり、身内を含む他人から咎められることではありません。
情報を知り、自分の普通を構築する
情報化社会が進み、ますます時代の流れは早くなるばかりです。
『普通』の概念も刻々と変化します。
例えばついこの前まで、怪しい・信用できないと言われていた仮想通貨も、いつの間にやらテレビCMで放映されるまでになっています。
まだ普通とまではいかないものの、時間の問題でしょう。
iPhoneにしても最初は、一部の物好きが買うだけで誰がこんなの買うんだと言われたりもしましたが、今どうなってるかは周知の通りです。
学校に行く・行かないということにおいても、不登校になった人達がその後どうしているのか、どうなっているのか。学校教育を受けずに学んだ人達はどうなのか。
そういった事を知っていけば、自然と視野は広がっていきます。
一般的な普通の概念は崩れていく はずです。
まとめ
まずは身の回り以外の環境から普通ではない情報をたくさん知って、それを整理してみて下さい。
『物事(自分)のあるべき姿を考え、合致しているさま』を構築すれば、それは正しいものになり自分にとっての普通になっていきます。
自分がまとめ上げた普通であれば正しいというのが今回の結論です。