こんにちは、
AI-am(アイアム)の
よっぴー です。
ゲームについて。お母さん(お父さん)がゲームを嫌いだからといって、子どもにゲームを禁止することの不思議さと、親の所有愛の強さと、ゲームに限らず子どもの「好き」を愛そうよ、というおはなし。
ぼくはゲームが好きです
ゲームのことでいつも不思議なのは、お母さん(お父さん)がゲームを嫌いだからといって、子どもにゲームを禁止すること。
親が嫌いだからといって、なんで禁止になるの?
習いごととかでもありますよね。
子どもが◯◯を習いたい! って言ってきたときに、その習い事ごとが親の好みじゃなければ習わせなかったり、ってこと。
なんでなん?
なんで人の「好き」「嫌い」を他人がとやかく言えるん?
自分の子どもだけど、自分のもんとちゃうやん。子どもは所有物ちゃうやん。他人さんやん。
「ぼく(わたし)は◯◯が好きです」
地に足ついた、強くて、揺らぎのない、キラキラした、これほどの言葉はそうはない。
親が嫌いなのはそれでいいんだけど、親の嫌いなもの = ダメ になるのが不思議でなりません。
自分が子どもやったら そんなんイヤや。
お母ちゃんが嫌いやからいうて、自分がやりたいことでけへんなんて、そんなんおかしいやん、っておもう。
だからでしょ?
「ぼく(わたし)は◯◯が好きです」をかき消されてきた、かつての子どもが多いのは。
わが家にやってきたゲームたち
わたし個人はゲームは好きじゃありませんが、家(うち)はゲームしてました。
息子(上の子)が3・4歳のころ「ぼくもマリオがほしいー!」となり、わが家にスーパーファミコンがやってきました。
同じマンションに住む、いつも遊んでた 2・3歳年上の子どもたちからの影響・刺激だったとおもいます。
その後、プレイステーションがきて、NINTENDO64もきて……。
携帯型ゲーム機もゲームボーイ → ゲームボーイポケット → ゲームボーイカラー → ゲームボーイアドバンス → ニンテンドーDS → ニンテンドー3DS と時代を歩みます。
息子の部屋にいまもあった埃まみれのスーパーファミコン
「〜しなさい」と我欲の強さ
好きなことは好きなだけ、という考えだったから、ゲームをするにあたって、一日何時間とか、宿題終わってからとか、そういった条件はありませんでした。
夜中もずっとゲームしてたいけど怖いからお母さんも起きといて、なんてなったら、話し合ってお互いがOKの解決策をみつけるけど、ひとりで起きてても平気で、ゲーム(なり、なんなりかを)してるのなら、わたしが困ることはなにもないのでお好きにどうぞでした。
学校に行かなくなってからはもとより、幼稚園のころも、学校に通ってたころも、 「寝なさい」や「起きなさい」 、「勉強しなさい」、「はよしなさい」など、「〜しなさい」は言わなかった。
「〜してはいけない」を言わなきゃいけないときは少なからずあるだろうけれど、「〜しなさい」は言ってはいけないし、第一言えるものではない、とわたしはそう考えています。
自分が本を読んでて「一日1時間だけですよ」なんて言われたら たまったもんじゃないです。
「はあ?」ってなります。
おとなが言わないと子どもはなにもできない……と言う人や、わが子を心配して……っていう親がいるけど、それ、めーーーちゃくちゃ子どもに失礼です。
この場合の「心配する」は、わが子を心配してるんじゃなくて、自分の思い描いた通りにならなかったら……ということを心配してる。
「不安」を心配という形を利用して、自分の思い描いた通りになるように物事を動かそうとする。
なぜか。愛しているのは自分だからです。
子どもを愛しているのであれば、子どもの結末を全受容するのであれば、「心配」は不要品です。
愛のスタートは家族
下校後や休日などは、子どものお友だちが遊びに来ていない日はなかった、といっても過言ではないぐらい、大勢の子どもたちが集まる家でした。
学校から帰ってくるなり(息子がまだ学校に行ってたころ)、お友だちも来て、ゲームがはじまる。
じゃんけんをして勝った子4人が、4人プレイのマリオカートや実況パワフルプロ野球やらをして、残りの子は、見ながらちゃちゃを入れたり、ゲームボーイをしてたり。
で、遅れてくる子たち(先に宿題を済ます子など)みんなが揃うと野球をしに出て行くんだけど、残っている子もいて、Aくんが「おばちゃん、見て、見てー! クリアできてん!!」といってくる。
あれがあーなって、そーなって、こうなるらしい。
ゲームのことは、覚えようという気がないから、どんだけ説明されても右から左だったけど、Aくんがどんだけうれしいのかは、よーく伝わった。わたしまでがうれしくなる。
Aくんや、ほかにも何人かはゲーム禁止の家の子だったから、このよろこびを親は共有できないのかとおもうと、もったいなさすぎるー! っておもった。
子どもたちが、親 (いちばん好きな人、いちばん伝えたい人) に今日学んだことを聞いてもらえないのかとおもうと、さびしさで胸の奥が泣いた。
子どもの口から うれしいことや、たのしいこと、やりたいことを聞けるのって、すっごくうれしい。
たとえそれがわたしにとっては興味のないことだったり、好きじゃないことであったとしても、その子(その人)の「好き」を聞かせてもらえるなんて、めっちゃしあわせ者。
マザー・テレサの残した言葉
今着ているものよりもっと良いものが着たい
今日の食事よりもっと素敵な食事をしたい
現在の家よりももっと広い所に住んでみたい
もっともっと良い暮らしを
そのことが父親の頭の中にいっぱい
そのことが母親の頭の中にいっぱい
子どもに友だちが一人ふえたことを知らない
もう一人の子どもが新しく覚えた遊びを知らない
二人の子どもも話さない
四人ともそれぞれの時間がふえていく
その分向かい合うお互いの時間が減っていく
一番身近にいる人の本当の悩みも
喜びも苦しみも気が付かなくなっている
いつもすぐ近くにいる人の本当の姿が見えなくなっていく
愛のスタートは家族
本当に愛して
本当に愛されて家族
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ポケットにはファンタジー
ポケモン(緑)をプレイしていた当時5歳の息子が「よっーーーしゃー!!!!」て雄叫びをあげたもんだから、キッチンから「どしたん? どしたん?」と聞くと、「ケンタロス、ゲットしてーん!」って。
「このポケモンなぁ、捕まえんのん、めちゃむずかしかってん!ボールひたすら投げんのん何十回って挑戦してなあ、ほんでな……」とポケモンの攻略情報を話してくれる。
インターネットが一般家庭にまだ普及してなかった時代です。
愛読書やったコロコロコミックのポケモン特集で情報を仕入れてはったのと、近所にあったゲーム屋さんに入りびたっては、店員さんやお客さんからのクチコミで情報を手に入れてゲームを進めていた。
あーーそうかぁ! 近所にあったゲーム屋さんは息子にとっての 「縁側」、『ぼくと駄菓子のいえ』 だったんだなあ。
息子は幼稚園に行くとき(3年保育)すでに、ひらがな、カタカナ、アルファベット、数字、時計の見方、何個かの漢字が読めていて、それはゲームと攻略本とコロコロコミックで学んだんだろうなあという確信はもっていたのですがね。
このポケットモンスター青には涙なしでは語れない思い出がある(笑)。1996年のクリスマス。サンタさんにお願いしはったのは店頭販売ではなかった このポケモン青だった。。。同じような経験のある方がいたらおしゃべりしたいー。
当時は簡単にデータが消えたんですよね。
ゲームボーイを雑にポケットに入れるもんだから、なんかの拍子にデータが飛んで……。悔やしがって……。
だれにでも子どものときがあって、みんなのポケットにはファンタジーがあった。
そのファンタジーがなにであるかは子ども本人「 が 」決めること。
小・中・高と行かずにパラダイスな不登校 を過ごし、フリースクールや、オルタナティブスクールに行くこともなく、勉強もせず、ちゃんとおとなになった息子 。
25歳になったそんな彼をみていてつくづくおもうのは、学校に行った、行ってない、そんなの一切関係なく、日々、楽しんでる人ほど、強いということ。
やらされるのではなく、自ら主体的に生きてきた、ほんとうに楽しんできた奴らはつよい。
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