こんにちは、
AI-am(アイアム)の
よっぴー です。
よく読まれている記事『 子どもが不登校になってよかったことベスト10 』の第4位に、「国内旅行や海外も、オフシーズンだと とんでもない格安価格で楽しめる」と書いたのですが、
ほんとに、ほんと、旅してきてよかったなあ〜って思っています。
特に海外!
もくじ
学校に行かないことを選ぶタイプの子どもに紹介する5ヵ国
せーーーっかく子どもが学校に行っていないのだから(学校に行っていても休暇中に行けばいい・休めばいいだけのことではありますが)、海外に行ってみませんか?
わたしがこれまでに行ったことのある、およそ50ちかい国々のなかから、
「ああ、(学校に行くとか行かないとか、、、2択ではなくて)、生き方は人の数だけあるんだ!」っておもえた地。
でもって、その感覚を体験せざるをえないほどの地、「自分」がみえる地、5ヵ国 をあげてみました(順不同)。
1. プラハ(チェコ共和国)

歴史の授業で暗記した出来事が、実はこんなことだったんだ、、、と、大人になってから知ることってありませんか?
ひょんなとこから歴史を知り、気がすむまで追究したりしてね。
わたしが プラハの春※ に関心をもつきっかけとなった、『存在の耐えられない軽さ』(ミラン・クンデラ)を読んだときもそうでした。
何が重くて、何が軽いのか?
「永劫回帰という考え方は秘密に包まれていて、ニーチェはその考えで、自分以外の哲学者を困惑させた」という一文から始まるこの本。
こんな始まりかたをする小説ってある? なんて思いながら読み始めたものの、表現の奥行きにドンドンのめり込み、読み終わったときにはプラハ行きの航空券を取っていました(笑)。
※ プラハの春・・・1968年春、チェコスロバキアで起きた自由を求める民衆運動のことで、8月に、ソ連・東欧軍の介入により弾圧された。
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バックパックに入れていった『プラハの春』(春江一也)は、カレル橋に佇んで読んだ。なんて贅沢!
しかも、すぐ横では楽器を奏でられていて音楽つき!(路上のいたるところで音楽が演奏されてる)
プラハ。めーーーちゃくちゃ美しい町です(トップ写真もプラハ)。
でね、おもうんですよ、なんで美しいんだろう? って。
自分はなにを美しいとおもうんだろう? って。
第一次・第二次世界大戦の被害や、その後の資本主義の高度経済成長にも巻き込まれなかったことで、ロマネスク建築から近代建築まで各時代の建築様式が並ぶ「ヨーロッパの建築博物館の街」になり、世界遺産にも登録されているプラハ。
そんな14世紀から変わらぬ町並みの色や匂いから教わったのは、「貫く」ということでした。
でもそれは「強く頑なに」ではないんです。それは、平穏の世界。
自由と抑圧はいつだって大きなテーマとなってわたしたちを襲うけれど、社会主義から逃れる術と、学校教育から逃れる術は似ているかもしれない、そう感じた町でした。
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2. コーン島(ラオス)

デモクラティックスクールでスタッフをしていたころ、「デモクラティック」とはなんなんだろう? と、ずっと、ずっと、ずっと、ぼんやりと考えていました。
その問いかけは、 デモクラティックフィールドのらねこ をはじめたときも、まだ進行形のままでした。
で、そんなこんなのある日、ふと、「デモクラティックとはなにか?」のこたえがおりてきた。
すっごくうれしくってね、よろこびで輝いてね、ヤッターーー!! ってなった。何年も喉にささったまんまだった小骨がやっと取れたってかんじです。
それなのに、スッキリ感を味わった次の瞬間には、また新しい小骨がささったんでした(笑)。
「『デモクラティックがなにか』はわかった。じゃあ、『デモクラティックフィールド』ってなに?」っていう小骨。
そんな課題を背負いながら、デモクラティックフィールドのらねこをしていたある日、夢を見たんです。
「あなたがいわんとするデモクラティックフィールドってこれでしょう? それは ここにあるよ!」って。
「早く来ないと消えちゃうよ」って。
ラオスという国を、わたしはそれまで知らなかったんですね。ましてや、コーン島なんて。
夢の中の場所がどうしてラオスとわかったのか… そんなことはさっぱりわからないんだけど、夢の中で「あ、ラオスだ!!!!!」って言ってる自分がいた。
いそいで起きて、海琳さんを叩き起こしてw、夢の話をして、で、これまた速攻で航空チケットを取りました。
夢に出てきたキーワードを頼ってググっていくと、電気も水道も無いという、とある町(村)がでてきた。ここだ!!
コーン島はラオス南部、メコン川の中州にあるシーパンドンと呼ばれるおよそ4000の島の内のひとつ。
ツーリスティックなルアンパバーンのように、観光客との「壁」をそれほど強く感じることも少なく、退屈な時間がとろりと流れる地でした(今は電気・水道、ネットもあり、退屈ではないかも)。
陽が沈めば寝て、鶏の鳴く声に起きて(メコン川に夕日が沈んでいくのを見て、メコン川の上空に昇りきる太陽を見て、朝から日がな一日ハンモックでお昼寝する生活をおくっていました)。
ちなみに、滞在費が安く収まります。
当時わたしたちが泊まっていた宿(ツイン個室、テラスにハンモック)は1泊150円で、食事は100円あればたいていのものが注文できたから、朝・昼兼用のわたしたちは、1日計350円あれば過ごせました。
上の写真は、夢で見た場所。
おなじ光景がそこにあった。
オルタナティブスクールや不登校を選ぶ子どもたちが大切にしようとしている「それ」を、
学校や、学校教育の価値観のみで育ってきたわたしたち大人は「不必要なもの」として捨てさせる。
その「それ」が、なんのジャッジにも測られないで悠々と生きている、そうかんじた町でした。
なんかほんとに、ごちゃまぜ なの。男も女も高齢者も子どもも能力も善も悪も、、、不都合な真実が隠されていない、ってかんじで、はっきりとみてとれるのは「信頼」。
プラハもだけど、1ヶ月近く滞在していたラオス(コーン島以外も行った)、ほんとうにたくさんの学びがありました。
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3. バラナシ(インド)

もっとも古い本の記憶はどんなのですか? という見出しで書いた記事 で綴ったことなんですが、もっとも古い本の記憶、、、わたしは『印度放浪』(藤原新也)でした。
『印度放浪』の「少年」の章を読んだとき、ひとりでに涙が湧くように溢れ出て、堰を切ったように泣いたことを鮮明におぼえています。
当時10歳。それがインドとの出逢いでした。
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でも、三島由紀夫が言うように、人間には、インドに呼ばれる人と呼ばれない人がいるのかもしれませんね。
ずっと、ずっと、行きたかったインドに呼んでもらえたのは40歳を過ぎていました。
畏怖と憧れの地、インド。
当ブログ・オヤトコ発信所で、バラナシのことは何本か書いていて、
管理下に置かれた日本で消されてしまった「生」と「死」/写真をたくさん載せている
『印度放浪』ガンジス川バラナシの火葬場で見た死と生の感想と写真
人が “生き物”として生きているインド/篠秀夫さんや浅井智子さんたちとのお喋り
「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」篠秀夫氏とインド火葬と海外旅行
美しいとはなにか?/サドベリースクールのスタッフと卒業生、4人でのお喋り
サドベリースクール・デモクラティックスクールとインド・バラナシの美
「死」(火葬場)と、母なる河・ガンガー(ガンジス川)を目の前にして、『深い河』(遠藤周作)を再読した。
やってみたかったことのひとつだったんです。
わたし自身は無宗教なんですが、遠藤周作の生涯のテーマ「キリスト教と日本人」の最終章となった作品『深い河』を、ここバラナシでかんじてみたかった。
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「死」を日常生活から遠のけてしまったらいけない、と思う。
欲・恐怖・悩み・不安・ストレス、、、目の前を流れる 深い河・ガンガーは、いかなる「死」も拒みません。
深い河…… それは 人間の河。あらゆる宗教、人種に関係なく、にんげんの行ったあらゆる罪にも関係なく、すべてを許し、飲み込んでくれる河。
どんなにんげんをも受け入れる町で、どんなにんげんをも受け入れるということが書かれた本を読む。
あ、にんげんだけじゃないの。人が “生き物”として生きているインド。
上の写真にはつづきがあるんです。↓↓


このあと、座って待っていた女の子も立ち上がって、犬のあとにつづいた。
インドから帰ってきて思ったのは、「なんでニンゲンしか歩いてないんだろう?」だった。
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4. ニューヨーク(アメリカ)

世界の交差点と言われる Times Square(タイムズスクエア)。
駅に行こうと、7th Ave. と Broadway が交差する地点をはじめて通ったとき、タイムズスクエアが放つバイタリティに触れ、交差点の真ん中で立ちとまった。
すました顔して素通りなんてできない!
そしてふいに出たことばは、BOOWYの『NO.NEW YORK』の歌詞、
「ニューヨーク! ニューヨーク!」(笑)
いや、
でも、
ほんと、
ライザ・ミネリ/『New York, New York』(← フランク・シナトラのほうが有名?)も、アリシア・キーズ/『Empire State of Mind』も そうじゃないですか(笑)。
「NEW YORK」 ということばを、1回ではなくて、連呼してしまいたくなる。ここに立つと。
でも不思議です。
ゴムまりが転がっていくスピードで弾んでいるニューヨークなのに、ゆっくりとした時間が過ぎている んです。
時間って人工なんだ、そうかんじた街でした。
不可能がないのはニューヨークなんじゃなくて、あなた自身!
↓↓ の「合わせて読みたいの記事」で書いたことなのですが、すべてをYESと受け入れるのは自分なのだということに気づかせてくれる、その安全さがここにはあります。
あわせて読みたい
ホールデン(『ライ麦畑でつかまえて』)曰くの、「魔女の乳首みたいに冷たい」 ニューヨークを、地図はポケットにしまい込んで、気の向くままに歩きました。
もうひとつ不思議におもうことがあります。
どうして親って、子どものころかんじたことを忘れてしまうんだろう?
『ライ麦畑でつかまえて』で、池が凍ったときセントラルパークの池にいる家鴨はどこへいってしまうのか、ってタクシードライバーに尋ねるシーンがあります。
<セントラル・パーク・サウス>のすぐ近くにある池に家鴨がいるだろう? あの小さな湖さ。
つかぬことをきくけど、もしかしたら君、あいつらが、あの家鴨がさ、池がみんな凍っちまったとき、どこへ行くか知らないかな? へんなことをきくようだけど、知らないかな?引用:『ライ麦畑でつかまえて』
冬になったら、どこへいくんだろう?
おとなになったら、子どもはどこにいくんだろう?
不登校のことで悩まれていたり、わが子がなに考えているのかわかんない…って思われている方は、ホールデンと再会してみてほしい。
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5. サハラ砂漠(モロッコ)

360度、見渡すかぎり砂の山ってどんなんなんやろう?
行けども行けども砂漠って、どんななんやろう?
目をつぶって想像しても、なーんにもない広さなんて6畳ぐらいが精一杯。
サハラ砂漠でキャンプがしたくて行ったサハラ。
世界で最高の開放感とは、満天の星空の下で野グソをすること!(← 誰かが言ってた)だそうで、ホントかどうか、確かめたかったんです。
と、『星の王子さま』で有名なサン=テグジュペリが書いた『人間の土地』。この本に書いてあることをサハラ砂漠でかんじてみたかったのでした。
荒野を、ジープで2日かけて砂漠の入り口※ まで行き、もう車では行けないよ、ってとこからは、ラクダに乗って2時間ほどいくとキャンプ地 です!
※ 砂漠というと砂の丘が見渡す限り続く砂の世界を思い浮かべてたんですが、実際は岩漠、土漠、砂漠と、いくつもの表情を持っています。
モロッコの中央にオートアトラスという標高2000mを超える山々が連なる山脈があり、そこを境として、地中海型気候から砂漠気候へと気候がガラッと変わります。
ガラッと変わったほうにワルザザートという町があって、その町がサハラの入り口。そこから一面の砂世界まではさらに500kmほどあって、岩獏や土獏を車で抜けていきます。
※ キャンプのツアーは、ルートや料金、宿泊数などいろいろとあって、わたしたちは現地で申し込みました。

アメリカ合衆国とほぼ同じ面積のサハラ砂漠。
360度、見渡す限り、空と砂。ほんっとにそれだけしかないの。
でもね、気がつきはじめるんです。それ以外にあるものを。
息子が学校に行かなくなったとき、彼が言った言葉、「先生はぼくたちのことを40人で1つとして見てる。40人の中の1人として見る」を思い出しました。
息子の言うことを、あたかも自分はそうじゃない人間として「ほんま、ほんま!」と同意していましたが、なんてことない、わたしも先生と同じでした。
「数」に支配されている。
「見えているもの」を見ている。
『星の王子さま』で王子さまがキツネから学んだことです。
なぜ、見えはじめるのか?
なぜ、聞こえはじめるのか?
見えたり、聞こえたりしはじめるだけではなく、なぜそうなるのか? そこまでの 結びつき を教えてくれた土地でした。
人間と、そのさまざまな欲求を理解するためには、人間を、そのもつ本質的なものによって知るためには、諸君の本然の明らかな相違を、お互いに対立させあってはいけない。
引用:『人間の土地』
また経験はぼくらに教えてくれる、愛するということは、おたがいに顔を見あうことではなくて、いっしょに同じ方向を見ることだと。
引用:『人間の土地』
完成は付加すべき何ものもなくなったときではなく、除去すべき何ものもなくなったときに達せられるように思われる。
引用:『人間の土地』
人間本然の姿を星々や地球のあいだに探し、現代人に生活と行動の指針を与える世紀の名著
↓↓
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精神の風が、粘土の上を吹いてこそ、はじめて人間は創られる。
『人間の土地』ラストの一文です。
“世界” はつねに開かれているというのに、なぜ人は苦しむのか。その答えはここにある、そうかんじた地でした。
人間になるには何をしたらいい?
サハラ。人間を人間たらしめる土地。
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