不登校だからこそ行くべき海外おすすめ5ヵ国と関連本

prague-3010407_640

 

am3こんにちは、AI-am(アイアム)の吉田 晃子です。

人気記事 子どもが不登校になってよかったことベスト10 の第4位に、「国内旅行や海外も、オフシーズンだと とんでもない格安価格で楽しめる」というのを入れてるのですが、

ほんとに、ほんと、旅してきてよかったなあ〜って思っています。

特に海外!

学校に行かないことを選ぶタイプの子どもに紹介する5ヵ国

せーーーっかく子どもが学校に行っていないのだから(学校に行っていても休んだらいいだけのことではありますが)、海外に行ってみませんか?

なんでいいのか? どういいのかはまた書くとして、世界がひろがります

 

わたしがこれまでに行ったことのある33ヵ国のなかから、

「ああ、ここに行ったら、学校に行くとか行かないとか、、、そんなことはどうでもよくて、人生、好きなように生きればいいんだ! 生き方なんて人の数だけあるんだ!」っておもえる地。

でもって、その感覚を 体験できる 体験せざるをえないほどの地、『自分』と出逢う地、5ヵ国 をあげてみました(順不同)。

 

1. プラハ(チェコ共和国)

プラハ

プラハ

歴史の授業で暗記した出来事が、実はこんなことだったんだ、、、と、大人になってから知ることってありませんか?

ひょんなとこから歴史を知り、気がすむまで追究したりしてね。

 

プラハの春に関心をもつきっかけとなった『存在の耐えられない軽さ』/ミラン クンデラ著 を読んだときもそうでした。

何が重くて、何が軽いのか?

永劫回帰という考え方は秘密に包まれていて、ニーチェはその考えで、自分以外の哲学者を困惑させた」という一文から始まるこの本。

こんな始まりかたをする小説ってある? なんて思いながら読み始めたものの、表現の奥行きにドンドンのめり込み、読み終わったときにはプラハ行きの航空券を取っていました(笑)。

人生なんのために生きているのか… といったようなことを考えた『プラハの春』/春江一也著 はバックパックに入れて。

プラハの春・・・1968年春、チェコスロバキアで起きた自由を求める民衆運動のことで、8月に、ソ連・東欧軍の介入により弾圧された。

 

 

 

バックパックに入れていった『プラハの春』をカレル橋に佇んで読んだ。なんて贅沢!

しかも、すぐ横では楽器を奏でられていて音楽つきです!(いたるところで質の高い音楽が路上で演奏されてる)

 

プラハ。めーーーちゃくちゃ美しい町です(トップの写真もプラハ)。

でね、おもうんですよ、なんで美しいんだろう? って。

自分はなにを美しいとおもうんだろう? って。

 

第一次・第二次世界大戦の被害や、その後の資本主義の高度経済成長にも巻き込まれなかったことで、ロマネスク建築から近代建築まで各時代の建築様式が並ぶ「ヨーロッパの建築博物館の街」になり、世界遺産にも登録されているプラハ。

そんなね、14世紀から変わらぬ町並みに聞こえる色や匂いから教わったのは、「貫く」ということでした。

でもそれは「強く頑なに」ではないんです。それは 究極の平穏の世界

いつだって自由と抑圧は大きなテーマとなってわたしたちを襲うけれど、社会主義から逃れる術と、学校教育から逃れる術は似ているな、そうかんじた町でした。

 

 

2. コーン島(ラオス)

コーン島(Khon Island または Don Khon)

コーン島(Khon Island または Don Khon)

デモクラティックスクールでスタッフをしていたころ、「デモクラティック」とはなんなんだろう? と、ずっと、ずっと、ずっと、ぼんやりと考えていました。

その問いかけは、 デモクラティックフィールドのらねこ をやりはじめたときも進行形のままでした。

 

で、そんなこんなのある日、ふと、「デモクラティックとはなにか?」のこたえがおりてきた。

すっごくうれしかってね、よろこびで輝いてね、ヤッターーー!! ってなった。何年も喉にささったまんまだった小骨がやっと取れたってかんじです。

 

でもね、それなのに、スッキリ感を味わった次の瞬間には、また新しい小骨がささったんでした(笑)。

「『デモクラティックがなにか』はわかった。じゃあ、『デモクラティックフィールド』ってなに?」っていう小骨。

 

そんな課題を背負って、デモクラティックフィールドのらねこをしていたある日、夢を見たんです。

あなたがいわんとするデモクラティックフィールドってこれでしょう? それは ここにあるよ!」って。

早く来ないと消えちゃうよ」って。

 

ラオスという国を、わたしはそれまで知らなかったんですね。ましてコーン島なんて。

夢の中の場所がどうしてラオスとわかったのか… そんなことはさっぱりわからないんだけど、夢の中で「あ、ラオスだ!!!!!」って言ってる自分がいた。

いそいで起きて、海琳さんを叩き起こしてw、夢の話をして、で、これまた即行で航空チケットを取りました。

 

夢に出てきたキーワードを頼ってググっていくと、電気も水道も無いとある町(村)がでてきた。ここだ!!

コーン島はラオス南部、メコン川の中州にあるシーパンドンと呼ばれるおよそ4000の島の内のひとつ。

ツーリスティックなルアンパバーンのように、観光客との「壁」を感じることも少なく、退屈な時間がとろりと流れる地でした(今は電気も水道、ネットもあり退屈ではないかも)。

陽が沈めば寝て、鶏の鳴く声に起きて ー メコン川に夕日が沈んでいくのを見て、メコン川の上空に昇りきる太陽を見て、朝から日がな一日ハンモックでお昼寝する生活をおくってた

あと滞在費が安く収まります。

わたしたちが泊まっていた宿(ツイン個室、テラスにハンモック)は1泊150円で、食事は100円あればたいていのものが注文できたから、朝・昼兼用のわたしたちの場合、計1日350円あれば過ごせました。

 

上の写真は、夢で見た場所。

おなじ光景がそこにあった。

 

不登校を選ぶ子どもや、自由登校をしている子どもたちが大切にしようとしている「それ」を、学校や、学校教育に洗脳されたわたしたち大人は「不必要なもの」として捨てさせる。

その「それ」が、なんのジャッジにも測られないで悠々と生きている、そうかんじた町でした。

なんかほんとにね、ごちゃまぜ なの。男も女も高齢者も子どもも能力も善も悪も、、、不都合な真実が隠されていない ってかんじで、はっきりとみてとれるのは「信頼」。

プラハもだけど、1ヶ月近く滞在していたラオス(コーン島以外も行った)では本1冊書けちゃうぐらいの学びがありました。

 

 

3. バラナシ(インド)

バラナシ

バラナシ

もっとも古い本の記憶はどんなのですか? という見出しで書いた記事 で綴ったことなんですが、もっとも古い本の記憶、、、わたしは藤原新也著の『印度放浪』でした。

『印度放浪』の「少年」の章を読んだとき、ひとりでに涙が湧くように溢れ出て、堰を切ったように泣いたことを鮮明におぼえています。

当時10歳。それがインドとの出逢いでした。

 

でもほら、三島由紀夫が言うように、人間には、インドに呼ばれる人と呼ばれない人がいるのかもしれませんね。

ずっと、ずっと、行きたかったインドに呼んでもらえたのは40歳を過ぎていました。

 

畏怖と憧れの地、インド。

当ブログ・オヤトコ発信所で、バラナシのことは何本か書いていて、

 

管理下に置かれた日本で消されてしまった「生」と「死」/写真をたくさん載せている

『印度放浪』ガンジス川バラナシの火葬場で見た死と生の感想と写真

 

人が “生き物”として生きているインド/篠秀夫さんや浅井智子さんたちとのお喋り

「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」篠秀夫氏とインド火葬と海外旅行

 

美しいとはなにか?/サドベリースクールのスタッフと卒業生、4人でのお喋り

サドベリースクール・デモクラティックスクールとインド・バラナシの美

 

↑↑ の サドベリースクール・デモクラティックスクールとインド・バラナシの美 の記事の最後に書いてある 美しいとはなにか? は、上述のプラハで抱いた問いかけの答えでもあり、

ラオスそのものでもありました。

 

なぜそうなのか。

 

「死」(火葬場)と、母なる河・ガンガー(ガンジス川)を目の前にして、『深い河』/遠藤周作著 を再読した。

やってみたかったことのひとつだったんです。

わたし自身は無宗教なんですが、遠藤周作の生涯のテーマ「キリスト教と日本人」の最終章となった作品『深い河』を、ここバラナシでかんじてみたかった。

 

「死」を日常生活から遠のけてしまったらいけない、と思う。

欲・恐怖・悩み・不安・ストレス、、、目の前を流れる 深い河・ガンガーは、いかなる「死」も拒みません

深い河…… それは 人間の河あらゆる宗教、人種に関係なく、にんげんの行ったあらゆる罪にも関係なく、すべてを許し、飲み込んでくれる河

 

どんなにんげんをも受け入れる町で、どんなにんげんをも受け入れるということが書かれた本を読む。

あ、にんげんだけじゃないの。人が “生き物”として生きているインド。

上の写真にはつづきがあるんです。↓↓

順番

順番

 

細い路地の通り方

細い路地の通り方

 

このあと、座って待っていた女の子も立ち上がって、犬のあとにつづいた。

あ、飼われている犬とかいません。

インドから帰ってきて思ったのは、「なんでニンゲンしか歩いてないんだろう?」だった。

 

泣きたくなるほどの美と醜 に、

生と死は混在しない日本社会をしばし抜け出し、あいにいってみませんか?

ガンガー。この地にはがある。

 

 

4. ニューヨーク(アメリカ)

ニューヨーク・タイムズスクエア

ニューヨーク・タイムズスクエア

世界の交差点と言われる Times Square(タイムズスクエア)。

駅に行こうと、7th Ave. と Broadway が交差する地点をはじめて通ったとき、タイムズスクエアが放つバイタリティに触れ、交差点の真ん中で立ちとまった。

すました顔して素通りなんてできない!

そしてふいに出たことばは、BOOWYの『NO.NEW YORK』の歌詞、

「ニューヨーク! ニューヨーク!」(笑)

 

いや、

でも、

ほんと、

ライザ・ミネリ/『New York, New York』(← フランク・シナトラのほうが有名?)も、アリシア・キーズ/『Empire State of Mind』も そうじゃないですか(笑)。

「NEW YORK」 ということばを、1回ではなくて、連呼してしまいたくなる。ここに立つと。

 

でも不思議です。

ゴムまりが転がっていくスピードで弾んでいるニューヨークなのに、ゆっくりとした時間が過ぎている んです。

時間って人工なんだ、そうかんじた町でした。

不可能がないのはニューヨークなんじゃなくて、あなた自身!

↓↓ の「合わせて読みたいの記事」で書いたことなのですが、すべてをYESと受け入れるのは自分なのだということに気づかせてくれる、その安全さがここにはあります。

あわせて読みたい

ニューヨークの地下鉄で 〜「現在」がある車内(後編)〜

 

ホールデン(『ライ麦畑でつかまえて』)いはくの、「魔女の乳首みたいに冷たい」 そんなニューヨークを、地図はポケットにしまい込んで、気の向くままに歩きました。

もうひとつ不思議におもうことがあります。

どうして親って、子どものころかんじたことを忘れてしまうんだろう?

 

『ライ麦畑でつかまえて』で、池が凍ったときセントラルパークの池にいる家鴨はどこへいってしまうのか、ってタクシードライバーに尋ねるシーンがあります。

<セントラル・パーク・サウス>のすぐ近くにある池に家鴨がいるだろう? あの小さな湖さ。
つかぬことをきくけど、もしかしたら君、あいつらが、あの家鴨がさ、池がみんな凍っちまったとき、どこへ行くか知らないかな? へんなことをきくようだけど、知らないかな?

引用:『ライ麦畑でつかまえて』

 

ほんとにね、
冬になったら どこへいくんだろう?

おとなになったら
子どもは
どこにいくんだろう?

 

不登校のことで悩まれていたり、わが子がなに考えているのかわかんない…って思われている方は、ホールデンと再会してみてほしい。

 

こちらは子ども現役の星山海琳さんが書いた書評。 ↓↓ 必見だよ!

あわせて読みたい

学校に似た場所(『ライ麦畑でつかまえて』によせて)

 

あるのは「いま ここ」です。

 

 

5. サハラ砂漠(モロッコ)

サハラ砂漠

サハラ砂漠

360度、見渡すかぎり砂の山ってどんなんなんやろう?

行けども行けども砂漠ってどんななんやろう?

目をつぶって想像しても、なーんにもない広さなんて6畳ぐらいが精一杯。

 

サハラ砂漠でキャンプがしたくて行ったサハラ。

世界で最高の開放感とは、満天の星空の下で野グソをすること!(← 誰かが言ってた)だそうで、ホントかどうか、確かめたかったんです。

と、『星の王子さま』で有名なサン=テグジュペリが書いた『人間の土地』。この本に書いてあることをサハラ砂漠でかんじてみたかったのでした。

 

荒野を、ジープで2日かけて砂漠の入り口まで行き、もう車では行けないよ、ってとこからは、ラクダに乗って2時間ほどいくとキャンプ地 です!

※ 砂漠というと砂の丘が見渡す限り続く砂の世界を思い浮かべてたんですが、実際は岩漠、土漠、砂漠といくつもの表情を持っています。

モロッコの中央にオートアトラスという標高2000mを超える山々が連なる山脈があり、そこを境として、地中海型気候から砂漠気候へと気候がガラッと変わります。

ガラッと変わったほうにワルザザートという町があって、その町がサハラの入り口。そこから一面の砂世界まではさらに500kmほどあって、岩獏や土獏を車で抜けていきます。

※ キャンプのツアーは、ルートや料金、宿泊数などいろいろとあって、現地で申し込めます。

ラクダに乗って

ラクダに乗って

 

アメリカ合衆国とほぼ同じ面積のサハラ砂漠。

360度、見渡す限り、空と砂。ほんっとにそれだけしかないの。

でもね、気がつきだすんです。それ以外にあるものを。

 

息子が学校に行かなくなったとき、彼が言った言葉、「先生はぼくたちのことを40人で1つとして見てる。40人の中の1人として見る」を思い出しました。

息子の言うことを、あたかも自分はそうじゃない人間として「ほんま、ほんま!」と同意していましたが、なんてことない、わたしも先生と同じでした。

「数」に支配されている。

「見えているもの」を見ている。

『星の王子さま』で王子さまがキツネから学んだことです。

 

なぜ、見えだすのか?

なぜ、聞こえだすのか?

見えたり、聞こえたりしだすだけではなく、なぜそうなるのか? そこまでの 結びつき を教えてくれた土地でした。

 

人間と、そのさまざまな欲求を理解するためには、人間を、そのもつ本質的なものによって知るためには、諸君の本然の明らかな相違を、お互いに対立させあってはいけない。

引用:『人間の土地』

 

また経験はぼくらに教えてくれる、愛するということは、おたがいに顔を見あうことではなくて、いっしょに同じ方向を見ることだと。

引用:『人間の土地』

 

完成は付加すべき何ものもなくなったときではなく、除去すべき何ものもなくなったときに達せられるように思われる。

引用:『人間の土地』

 

人間本然の姿を星々や地球のあいだに探し、現代人に生活と行動の指針を与える世紀の名著
↓↓

 

精神の風が、粘土の上を吹いてこそ、はじめて人間は創られる。

『人間の土地』ラストの一文です。

 

“世界” はつねに開かれているというのに、なぜ人は苦しむのか。そのこたえはここにある、そうかんじた地でした。

 

人間になるには何をしたらいい?

サハラ。人間を人間たらしめる土地。

 

 

AI-amからのお知らせ・情報

 
よっぴー・まりんのオンラインサロン「お母さんのがっこう365」

不登校や子育てに共感しあえるご近所さんがいないなら、オンラインでつながりましょう!

365日、場所を問わず心強さをもらえる場所です。

➡︎ 詳細・入会はこちら

よっぴー・まりんと遊ぶ!「あいしあってるかい」 よっぴー・まりんとやりたいことをしよう!楽しいことをしよう! ふたりといっしょに過ごして、肌で、五感で、あらゆるものを学びとってください。

➡︎ 詳細はこちら

 

書籍案内

親子で書き下ろす新しい教育書!

AI-amの吉田晃子・星山海琳の共著本 『小さな天才の育て方・育ち方 - 小・中・高に通わず大学へ行った話』、発売中です!

 

日本の学校・フリースクール等一覧情報

サドベリースクール、デモクラティックスクール一覧

※ デモクラティックスクール・ネット加盟校

【保存版】全国にひろがる日本のサドベリースクール

 

日本のオルタナティブスクール一覧

【保存版】オルタナティブスクール一覧

 

全国のフリースクール一覧

【保存版】全国のフリースクール一覧

 

公の学校/公立・私立高校一覧

【保存版】中学不登校でも高校進学できる全日制・定時制・通信制、公立・私立高校一覧

 

不登校からの大学

【必見】高卒と高認の比較

 

人気記事

12年間の勉強が2ヵ月半?~小中高には行かないで大学に行った娘の話.高認篇

学校は行きたくないのなら行かないがいいです。小中学生通知表の出欠記録

不登校でも学校に行かなくても、ちゃんと大人になりました

子どもが不登校になってよかったことベスト10

不登校が絶対に治らない理由

 

おすすめ記事

【不登校の親必読】子どもが不登校になったときに読んでほしい記事まとめ

【不登校の子必読】不登校記事のまとめ「学校は行きたくないなら行かなくていいよ」

ゲーム依存症の子どもはゲーム心配症の親のもとで育つ

話を聴けない親、心を話せない子ども【コミュニケーション能力を高めよう】

必見!親子の交換日記ノートで伸びる25個の能力と良い点

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です