『「学校には行かなくてもいいよ」と親は言っているのに、子どもはどうしてまだ躊躇うの?』のワケ




こんにちは、AI-am(アイアム)よっぴー です。

学校に行きたがらない・行かなくなったこどもに対して、学校は行くもの》と思い込んでいた親が、考えの変化によってどこかの時点からこどもに「学校には行かなくてもいいよ」と言うようになったりします。

けれども、わたし(親)がそう言っているのに、こどもは、まだ思いためらっている…、すっきりしていない…。それはどうして?

「学校には行かなくてもいいよ」は省略された言葉。そこに潜んでいる親の気持ちを、こどもはとうにわかっています。



「学校には行かなくてもいいよ」と本当に思うようになった、そんなとき

オルタナティブ不登校(➡︎ https://ai-am.net/alternative-ftokoではなく、《学校(一条校*は行くもの》と思い込んでいた親と暮らしてきていたこどもが、学校に行きたがらなくなり、行かなくなったとき。

※一条校…学校教育法第一条で定められた学校(みんなが知っている一般的な学校)

《学校は行くもの》と思い込んでいた親が、どこかの時点から(はじめは行かせようとしていたとしても、本やブログ、自分にとって信頼のおける人からのアドバイスなどによって)こどもに「学校に行かなくてもいいよ」「学校は行かなくてもいいよ」と言うようになったりします。

この「学校に/学校は行かなくてもいいよ」の気持ちに嘘はなく、その親は本当にそう思っている。本当にそう思えるようになった。そんなとき、です。

 

一難去ってまた一難、ではないけれど「学校には行かなくてもいい」と思えるようになると、今度は「学校には行かなくてもいいよ」とそのまんまこどもに言っちゃうんですよね。

「行きなさい」とか「行ったほうがいいよ」「どうして行きたくないの?」とこどもに 訊いていた (下記の関連記事参照)昨日までにケリをつけることなく。

子どもの気持ちは、どうすれば「聞ける」んだろう? ー 「訊く」と「聞こえてくる」について

2021年5月12日

 

そこでこどもが、「学校には行かなくてもいいよ」と言う親の意に沿った受動体・生活体・精神体の状態になれば、次なる問題はやってきません(親にとってなんの焦りも苛立ちもなく、怒りをおぼえないですむ状態)

けれど、「学校に行かなくてもいいよ」と言っているのに、こどもはスッキリしていない、ハッキリしていない。そんなとき、また次の問題が起こります。

「学校には行かなくてもいいよ」とわたし(親)は言っているのに、こどもはまだ思いためらっている。どうして? と。

「学校には行かなくてもいいよ」と親が言っても、子は思いためらっているのはどうして?

親は、《学校は行くもの》と思い込んでいたんです。

こどもが学校に行かなくなるまでに、たとえば、

“今日はだるいなぁ〜、学校を休もう” と思い、親に「今日は学校、休むわ」と言う。親は「ああ、そうなん。はーい」と言って事は済む。といった環境であったり、

親に「公園に行かない?」「スーパーに行かない?」「ごはん食べに行かない?」といった日常のお誘い言葉をかけられて、自分(こども)「行かない」と答えたときにも、
「えっ、なんで?」「そんなこと言わずに行こうよ」「でも帰り遅くなるよ」といった コミュニケーションをはばむ12のNG言葉 を返されない(親と子の)関係であったのなら、

親が「学校には行かなくてもいいよ」と言ったとしても、こどもが口をつぐんでしまったり、反抗したりして、会話ができなくなることはないでしょう(前述の『子どもの気持ちは、どうすれば「聞ける」んだろう? ー 「訊く」と「聞こえてくる」について』に書かれている「訊く」ではなく、「聞こえてくる」会話)

 

あなた自身がこどもだったころ、出席日数に含まれない夏休みの登校日ですら、登校しませんでしたか? 行かなくてもいいと知っていても。

お母さん・お父さんに怒られるから、というブレーキ以前に、「今日はだるいなぁ〜、学校休もう」をはじめ、「ゴールデンウィークのなか日なんか行ってられますか」「お、今日はW杯じゃん!見なきゃ」「海が見たくなったなあ。今日は海を見に行こう」「狙ってたバーゲン、今日からなんだよね」などなどの理由で学校を休むなんてこと、ありえなくなかったですか?

(ほんとに病気だったり体調がよくないときではなく)たまに休んだとしても、その認識は「ズル休み」や「さぼり」ではなかったでしょうか。

 

たとえ雨が降ろうと槍が降ろうと、学校は行くべきところでした。

こどもさんも学校に行ってみて、自分が所属する社会(学校)のありようを肌で知っています。クラスの子たちが(ほぼ全員)学校に来ているのを知っています。

親と子がタテの関係(支配と服従)であるとき

《学校は行くもの》だと思い込まされていたんです、こどもも。
その上、こどもは親の支配下にいたんです。

 

親と子「わたしたち」が家族を構成する。家庭は「わたしたち」によって構成されている共同体です。
ところが親と子がタテの関係(支配と服従の関係)であったなら、こどもを下位におき分界線をひいた、独裁化社会のような家庭ができあがってしまいます(一条校もそう)

だから、「行きなさい」だったり、「行かなくてもいいよ」といった言葉も腹から出てくるんだろうけど、これじゃ、「『わたしたち』によって構成される家族」は成り立たないんですよね。

支配と服従からなるタテの関係、その「わたしたち」の中身は、「『わたし』=親」だけで、もう片方の「『わたし』=こども」はいない(構成員ではない)ってことです「オヤトコ学校 いい舟」のみなさんは、基礎中の大基礎Lesson.1を参照してね)

 

「学校に/学校は行かなくてもいいよ」と、上位の「『わたし』=親」が言っているのに、こどもはスッキリしていない、ハッキリしない、まだ思いためらっている

かといって、「学校に/学校は行かなくてもいいよ」と言われたこどもが、「じゃあ行かないにするね!」やったー! ゲームしようっと🎶と言って、雲ひとつない五月晴れのような表情でゲームをはじめたら?

朝から晩までしていたら?

今日も明日も明後日も、し続けていたら?

 

あくまで、「学校に行かなくてもいいよ」と言う親の意に沿った(親にとってなんの焦りも苛立ちもなく、怒りをおぼえないですむ)受動体・生活体・精神体の状態でいてほしいんですね。

そうじゃないと、自分(親)が肯定されない。受け身であってくれると安心なんですよね。能動的なんてとんでもないし、主体的になられちゃたまったもんじゃない。

自分が経験してきていない物事には、不安が浸透しているからです。

こどもは親の気持ちをとうにわかっている

こうして見ると、親の「学校に/学校は行かなくてもいいよ」の言葉には、ほんとうは学校に行ってくれると安心だけれど、そこまで嫌なら行かなくてもいいよの気持ちが潜在しています(逆パターンもありますね)

自身の内に潜む「ほんとうは学校に行ってくれると安心だけれど、そこまで嫌なら行かなくてもいいよ」を省略したのが「行かなくてもいいよ」。

 

こども自身のことなのに、親が観るべきところは「こどもの内」なのに、やるべきことはその「内」を受け止めることなのに、学校に行かせるか・行かせないか。その二択に縛られてしまう。
「多様性」がない一条校がもつ教育観やシステム、やり方を経験してきてるんです。ムリもないよね。

そのことに、いかに気づけるかが大切です。

 

こどもは、とうにわかっています。省略していない親の気持ち ー ほんとうは学校に行ってくれると安心だけれど、そこまで嫌なら行かなくてもいいよ ー を。

だから、くるしむんです。

大切で、大好きなひとをくるしめたくなくて。
大切で、大好きなひとからくるしめられて。

 

ちょっと思い出してみてくれませんか? こどももあなたも穏やかにイキイキしているときを。たとえば、何気ないおしゃべりがつづくときを。

それは、「『わたしたち』によって構成される家族」のときなんだと思うんです(実際にその光景を見ていないから「思う」なんだけど)。そこには多様性があるんですよね。

こどもに対する小さな嘘や偽り、妬み、嫉みといった感情を追い払って、こどもにオープンな大人になっていこう。

 

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