こんにちは、AI-am(アイアム)の よっぴー です。
公の学校には行かないことを学校側に伝えるときや、
PTA非加入や給食費の停止、通学証明書(通学定期券購入申込書)の申し出をはじめ、
学校になにかと要望をお願いするときに、スンナリいく人と、難航する人がいます。
その違いはなにか?
姿勢です。(大げさに言えば、人生に対する構え)
スンナリいく人の姿勢とはどんなものか?
前回の記事、『【不登校における学校への伝え方】新学期の家庭訪問!連絡事項は口頭ではなく文書でする 』のつづきです。
もくじ
スンナリいく人に共通してあるもの
こどもが不登校をはじめたときや、登校しなくなったとき、また、はじめから行かないなど、
「従来の不登校」でも「 オルタナティブ不登校 」でも、こどもが「学校に行かない」ことで、保護者であるわたしたちは、何かと学校に出向かなきゃいけないことがあります。
入学式に出ない ことを伝えるために学校に行くとき、
学期末、 通知表等 を受け取りに出向くとき、
PTAの退会 や、給食費のストップなどを申し出るために先生に会いに行くとき、
通学証明書(通学定期券購入申込書)をお願いしに行くとき、
尿検査や、ぎょう虫検査 の物を持っていくとき、
呼び出されて行くとき、
その他、 前回の記事 のように、新年度の進級にあたり、なんなりとある要望をお伝えするために行くとき、、、などなど、
スンナリいく人というのは、主従関係に支配され(きっ)ていない人です。
知性のある人
それは、知性のある人ということでもあります。
知性のある人は、自分で考えるんですよね。自分で考えるから、知性があるというか……。
※ 知性と知識はちがいます。知性の対極にあるのが知識。
↓↓は、知性のことが書かれている、橋本治さんの『 負けない力 』からの引用なんだけど、、、すごいな。
日本人の「考える」は、「なにが正解となるのか?」を考えることではなくて、「どこかにあるはずの正解はどれなのか?」と探すことで、それが「見つからない」と思ったら、すぐに「分からない」で降参です。
引用:『負けない力』橋本治
「考える」ということは、ある意味で「地獄の底まで降りて行く覚悟をする」ということです。
引用:『負けない力』橋下治
橋本さんは、知性とは(自らに)負けない力だと言います。
「答は自分の中にある」と思えるのが知性
たとえば担任の先生に、
● 学校に行くときは連絡する、行かないときは電話はしない。
ということを伝えたけれど、要望を聞き入れてもらえなかった。そんなとき、知性のある人は「どうして伝えられなかったのだろう?」と考えます。
なんでわかってくれないのよ💢 あの先生は💢 と怒ったり、
わかってくれないよ〜😭 あの先生は〜😭 と泣いたりがないんですね。
「なんで <失敗> になったんだろう?」と考える。で、自分の失敗した理由を考えて、「そうか 💡」と解明していきます。
わかってもらえるように話せなかっただけ。
ゆえに、自らに負けて、「なんでわかってくれないの?」にはなりません。
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主従関係に支配され(きっ)ていない人
しかも主従関係に支配され(きっ)ていないから、攻撃したり、逆に、ひっこむこともなく、率直に話します。
攻撃したり(攻撃型)、ひっこんだり(ひっこみ型)、、、といった行動をとらせる主な原因は恐れで、ともに怒りの感情があるんですね。
自分の大切な欲求を満たすためには自己表現が重要だけど、その自己表現をどんな形でしているか? ってなると、
ほとんどの人が、自分を正直に、はっきりと、自他尊重して(率直型)、相手に伝えることができないで、攻撃したり、ひっこんだりの行動を行ったり来たりしています(「攻撃型」と「ひっこみ型」どちらか一方だけという人は少ない)。
「攻撃型」と「ひっこみ型」
「攻撃型」の行動は、他の人を犠牲にして自分の欲求を満たします。
自分の意見や欲求、感情をはっきりとは伝えるけれど、相手の欲求や気持ちを思いやることがないこのやり方は、相手をやっつけるかんじになっちゃいます。
あとね、無視や不機嫌も暴力ですよ。
知性のない人は勝とうとするけれど、攻撃型のときもやっぱり闘おうとしていて、言い方がまあるくなくなってしまいます。
「ひっこみ型」は、嫌われないか、怒られないか、拒否られないか、かんしゃくを起こさないか、etc 、といったことを恐れるあまり、自分の意見や欲求、感情を伝えず、行動を自分から起こしません。
自分が苦しむとわかっていても、とにかく争いを避けようと努めるんですね。
他の人が言ったり、したり、することに、どう反応すればよいか、ということに時間とエネルギーを使います。
「率直型」でいよう!
自分の考えや意見、感情を否定されたり、表にださないようにしつけられてきたんだもん。
「自分」をほとんど出さないまま人と接する習慣を、ゆっくりと、確実に、身につけてきたんだもん。
コミュニケーションのスタイルが「ひっこみ型」になるのもムリはないって!
ほんとは言いたいことを言えないで、、、
がまんして、、、
やがて恨みの感情がたまり、耐えきれなくなると、「攻撃型」に転じる、、、ムリない、ムリない。だって、自分も他者も大切にする「率直型」を知らないんだもん。
まあるい聴き方、話し方を知らないんだもん。
先生に対してね、オープンになって、正直に自分を表現するなんてね、そりゃ こわいって!
☆ だったら知ればいいだけやんね。
攻撃したり、ひっこんだりせず、率直に話せるようになるスタイルは、実践交えて「 親と子がハッピーになるコミュニケーション講座 」で勉強しています。いっしょに習得していきませんか。↓↓
自分の考えや感情を言葉で表現する勇気と能力を持つと、他の人に自分のことをわかってもらうことができて、
なによりも自分自身が、自身の自己理解を深めることができるようになっていきます。
自己理解を深めることができるようになってくると、ある意味で 「地獄の底まで降りて行く」 ことも可能となり、「考える」の質も変化していきます。
「ローマは一日にしてなる」
「ローマは一日にしてならず」なんていいますが、知性も然り。支配/服従ではなく自分も他者も大切にする生きかたも然り。
内面を磨け! といったって、一日でローマはできません。
ところが一瞬にして、ローマができちゃう方法があります!
みんなね、なぜか うっかり忘れているだけの方法で、不登校面談における4つの対策 !
この「不登校面談における4つの対策」は長くなったので次回につづけます。➡︎ https://ai-am.net/fuku4
前回の 不登校における学校への伝え方 は、こちらです。➡︎ https://ai-am.net/documents
今日の本
知性の磨きかた/林 望
自分の足で歩き、自分の目で見、自分の頭を使って、主体的に外の世界と関わっていけること。そしてそのための正しい方法=ものの見方を身につけていること。そんな「本当の知性」を磨くには一体どうすればよいのか?
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◯ 友人のご紹介↓↓
ネズミと怪獣とわたし/パット パルマー(著), 玖保 キリコ(イラスト)
「アサーティブ」である、ということは、あなたが望むことを、相手や自分自身に伝えることです。この本には、あなたがアサーティブに物ごとを決定し、自立していくためにはどうしたらいいかが書いてあります。自分自身を知るためのゲームや、自分を表現するための新しい方法でいっぱいです。
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